「疾ッ!!」
『フン!甘いわぁッ!!!』
風の刃を次々に妖魔に放ちながら、和麻は自身の体にも風を纏って妖魔に突貫する。
和麻によって放たれる風の刃は獣型妖魔「班渠」が繰り出す黒き風とぶつかり合い、相殺される。
妖魔が風刃を迎撃する間に和麻は一気に妖魔に肉薄する。
「ッぁぁぁぁああああ!!!逝ってこい!!!」
小型の台風に匹敵するほどの風の精霊を纏めた空気のハンマーを至近距離から叩き込む。
『っぐゥッ!!?舐めるな!!』
その衝撃に苦痛の呻きを漏らしながらもすぐさま黒き風の刃を続けて2発放ち、和麻から距離を開けようとする。
牽制用に放たれたものとはいえ、命中すれば和麻が常時展開している風の結界を抜き、和麻の身体を両断するだけの威力を秘めている。
一発目を身を捩ることでかわし、2発目は刃に和麻の方から逆に力を加えることで軌道をずらして受け流す。
妖魔からの攻撃を凌ぎきった和麻は、お返しとばかりに風刃を妖魔目掛けて3発、妖魔の回避予測地点にむけて4発、連続して撃ち込む。
流石に全て回避することはできず、数発の風刃を食らって妖魔の動きが一瞬鈍り、そこに追い討ちをかけるようにして五十鈴の放った鉄風
が妖魔に襲い掛かる。
風の精霊を全身に纏わせ、高度数十メートルでの空中格闘戦を演じていた和麻と五十鈴の感知に何かが引っ掛かる。
「炎の精霊?やけに多いな………」
和麻が疑問の声をあげる。
祠の数キロ手前の地点で炎の精霊力が爆発的に高まり、離合集散を繰り返している。
炎術士同士の戦闘。
「(どういうことだ?)」
妖気は全く感じられない。
ということは妖魔でなく炎術士同士で戦っていることになる。
煉を洗脳でもしたか?
しかし、腑に落ちない。
「(神の封印を解くのもほったらかして綾乃たちの始末を優先させたってのか?)」
神崎を嵌め、神凪をここまで翻弄したこれまでの兵衛の手際から考えて、そんな愚策を採るとは俄かに信じ難い。
「ちっ、どっちにしろコイツをどうにかしねえとな………」
忌々しげに妖魔を睨みつける。
並の妖魔であれば10回は滅殺できるほどの攻撃を既に4回も受けながら、いっこうに堪えた様子はない。
綾乃たちが祠に辿り着けないのであれば自分達が行くしかない。
流也を相手にしている貴広達にはそんな余裕はないだろう。
だがこちらも決して楽な戦いをしているわけではない。
五十鈴の援護もあって和麻が繰り出す風は妖魔にかなり命中しているのだが、妖魔自身が風の属性を持っていることもあり、大したダメー
ジは与えられていない。
やはり浄化の風で一気にけりをつけるしかないか………。
「聖痕を解放する!3分………いや、1分持たせてくれ!!」
「わかった!………………重風!!!」
五十鈴の裂帛の叫びに答えるかのように妖魔の上空の大気の流れが急激に変動し、ダウンバーストが起こる。
『ぬおおおおおおおっっっ!!!』
さしもの妖魔も態勢を維持出来ず、地表に叩きつけられる。
その瞬間を狙いすまして、五十鈴はかまいたちを連続して妖魔に放つ。
「はぁぁぁぁっっっ!鉄風!!!」
『小癪な!!!』
妖魔は五十鈴が放った風刃の迎撃に忙殺され、和麻への攻撃が緩む。
妖魔の注意が五十鈴に向いたのを確認して、和麻は意識を己のうちへと向けた。
蒼と黒の饗宴
第22話
ゆっくりと意識を沈め、己が内にある『扉』を開け放つ。
『扉』の奥に拡がる遥かな蒼穹。
ここが『彼の者』のいます空間――――――空間の全てが『彼の者』に満たされている。
この空間こそが彼そのものだった。
『扉』を開くことによって、和麻は『彼の者』とつながる。
ひとつになる。
人でありながら精霊を統べる者。
全ての風を統御する上位者として、『八神和麻』という存在は再構成される。
自我がどこまでも拡大していく。
意志の届く限り――――――約半径100キロ――――――にある風の全てが和麻に同調し、その全てからありとあらゆる情報が和麻の脳
に、無制限に流れ込んでくる。
人間の脳では到底処理しきれるものではないその膨大な情報の中から己に必要なものを選別していく。
気を抜けば一瞬で脳が焼ききれる。
それほど膨大な情報の奔流を和麻は力ずくで制御する。
「………っ!何度やっても慣れねえな………」
脳にかかる尋常でない負荷に顔を顰め、和麻は呟く。
半径100キロ
それが、聖痕を解放した和麻の最大知覚範囲。
範囲内の全ての事象は和麻によって知覚される。
まさに神の視点。
拡大された知覚力でもって山全体を見渡す。
――――――(貴広さんたちは………互角………いや、やや不利だな。)
山の中腹で流也と戦う貴広と隷は見たところ互角のようだ。
しかし、貴広は聖痕を解放していない。
それはつまり聖痕を解放する時間を稼げないということ。
そして長期戦になれば、妖魔である流也に対して人間の貴広は不利になる。
精神が肉体よりも優位にある妖魔は肉体的な限界を意志の力で克服できる。
つまり、人間と妖魔が戦う場合、殆どのケースでは時間が経てば経つほど人間が不利になるのだ。
貴広が聖痕を解放すれば流也とてひとたまりもないだろうが、隷一人では聖痕の解放に要する時間を稼げないということか。
――――――(早いとここっちを終わらせて加勢に行かねえとな………次に神凪コンビは…と………む?。)
和麻の知覚が捉えたのは一糸乱れぬ連携によって綾乃、厳馬と伯仲した戦いを繰り広げる炎術士たちの姿であった。
(ネクロマンシーか?………いや………だが、あれは………)
綾乃たちと戦っている8人の術者たちはいずれも致命傷と判る傷を負っている。
胸部を切り裂かれ、そこから臓腑が覗いている者。
頭の一部を吹き飛ばされ脳漿がはみ出ている者。
その様子から和麻は一瞬、死霊魔術によって操っているのかと疑ったが、彼らが黄金の炎を繰り出すのを見て考えを改める。
(炎に対する耐性は兎も角として、「黄金」を使ってるって事は連中は間違いなく生きてるってことだ。)
炎の加護自体は肉体に宿るものなので死体であっても問題はないが、炎の色は即ち魂の色である。
妖魔を憑依させたり、擬似的な魔術回路を組み込んで動かしたのではあの炎の色は出せない。
(どういう仕掛けだ?)
魂に働きかける何らかのアーティファクトでも使ったのだろうか?
(まあ、後で直接確かめれば済む話か………)
加勢に行くにせよ煉を救出しに行くにせよ、まずは目の前の妖魔を片付けなくてはどうしようもない。
和麻は蒼く澄んだ風を身に纏わせる。
そして獣型妖魔「班渠」へと目を向ける。
『ば……馬鹿な……こ、この力は……』
班渠は畏怖と驚愕の面持ちで、その蒼き風の中心に佇む男「和麻」を見ていた。
力の質こそ全く違うが、班渠もまた風を司る者、風の加護を受けた幻想種である。
人間よりも世界の理に近い所にいる彼は、和麻の力がなにかを一瞬で悟った。
それを敵に回した自分がどうなるかも……
…………逃げなくては……
アレは自分が敵う相手ではない。
自分が「風」を司る者である以上アレを傷つけることはできない。
本能がそう教えている。
硬直していたのはほんの一瞬。
だが、その一瞬が致命的だった。
周りを見渡してはたと気づく。
『な……風角結界!?』
自分の周囲は完全に浄化の風によって囲まれている。
これまでのように精霊を狂わせてこちらの支配下に置こうとするが、今度は今までとは逆にこちらの精霊の制御までが奪われていく。
圧倒的なまでの精霊統御。
そして和麻の瞳に浮かび上がったソレを見て、班渠は自分の推測が正しかったことを知る。
『貴様……まさか代行者だったとはな……』
憎悪、恐怖、屈辱、焦燥……様々な感情が入り混じった視線で和麻を睨みすえる。
侮ったつもりなど毛頭ない。
初見で二人が召喚した風の精霊の数を見ただけで、油断できる相手でないことは解っていた。
だからこそ、攻勢防御を行いつつ持久戦に持ち込み、相手が消耗するのを待ってから勝負に出る予定だったのだ。
相手がただの“人間”の風術士であれば、間違いなくそれで勝てる。
しかし、今回に限っては時間をかけて相手を追い込もうとしたことが裏目に出た。
和麻の切り札―――和麻が精霊王との契約者であることを知っていれば班渠も別の戦法を採ったことだろうが今となっては遅い。
「やれやれ………どうにか間に合ったか」
妖魔を包み込んでいく蒼き風を目を細めて見つめながら、五十鈴は疲れたようにそう漏らした。
『グッ……こ、こんな、これほどの力が……』
それまで自分の支配下においてきた黒き風は急速に蒼き風に浸食されていき、今では、自身を構成する要素、妖気に至るまでが蒼き風に削
り取られていく。
そのスピードは緩慢だが、和麻が展開した風の檻から抜け出すことは、今の班渠にはできない。
自身の体を徐々に喰われていくおぞましい感覚が班渠の全身を駆け巡る。
『ヤ……ヤメロ……ヤメロオオオオォォォォォォォォオオオオオオオォォォ!!!!!』
自身の背後から迫ってくる絶対的な死から逃れようとするかのように四肢をばたつかせ、絶叫する。
皮膚がまるで沸騰するかのように泡立ち、そこから昏い妖気が噴出する。
その妖気を喰らいながら蒼き風は更に力を増していく。
そして
「はあああああッ!!!」
五十鈴は止めを刺すべく蒼き風に自らの力を加え始める。
五十鈴自身の風に浄化の力はない。
故に彼は周囲に存在する浄化の風の力に方向性を与え、一箇所に集結させていく。
五十鈴によって集められ、圧縮された風は妖魔へと放たれる。
『ギャァァァァアアアアアアァァァァアアアア!!!!!!!』
破邪の力を秘めた風の弾丸、いや、砲弾によって妖魔「班渠」は粉々に砕け散り、消滅した。