全てを焼き尽くさんと迫る黄金の炎弾。
それを迎え撃つのは同じく浄化の力を秘めた黄金の炎。
炎神火之迦具土を祀る山の中腹、
かつて最強の炎術師と風術師たちが互いの存亡を賭けて争った因縁の地
そこで今行われている炎術師同士の奇妙な戦いは互いに拮抗しているように見えた。
「はぁぁぁっっ!!」
気合を込めた裂帛の叫びと共に、厳馬の双腕から立て続けに4発の炎弾が放たれる。
蒼炎ではないものの、他の宗家の術者とは籠められた精霊の数も、圧縮率も桁違いである。
兵衛達は2発を回避し、避けきれない残り2発は、分家の術者に4人がかりで迎撃させる。
その隙に術者2人を己の風術で存在を隠蔽し、厳馬の脇に回りこませる。
「…!いつの間に!?」
自分のすぐ近くに起こった炎の精霊の動きにから、すんでのところで兵衛達の動きに気づいた厳馬は精霊の召喚を一時中断しバックステッ
プを踏んで距離を開ける。
刹那、一瞬前まで厳馬がいた地点を金色の炎が嘗め尽くしていく。
その光景に厳馬の背筋を冷たいものが流れ落ちる。
今、厳馬が戦っている相手の炎は神凪宗家のそれに匹敵する。
それが二人分。加えて兵衛の風術に煽られて威力を増した炎弾の直撃を受けてはいくら炎の加護が強い厳馬であってもただではすまない。
もっとも、それだけなら厳馬も然程焦りはしないだろう。
いくら黄金の炎を使うとはいっても所詮は分家。
炎の加護という点に関しては宗家には遠く及ばない。
こちらの防御をある程度犠牲にしてでも蒼炎を召喚して放てば一撃で殲滅できる。
だが、そんなことは兵衛も承知している。
彼は手持ちの術者8人のうち、特に優れた2人を使って綾乃を抑え、その間に自身と、残り6人の炎術師を厳馬への攻撃に振り分けた。
厳馬が放つ炎を4人がかりで防ぎ、その間に2人が厳馬自身に間断なく攻撃を加えることで蒼炎を召喚する隙を与えない。
速度を生かした機動戦術。
今それを用いているのは神凪分家の術者だが、その戦い方は紛れも無く風術師のそれである。
「(くっ…風術師一人が加わるだけでここまで違うものなのか!?)」
兵衛は厳馬が大技を放とうとする度にそれを察知し、風術で気配を隠蔽した炎術師を送り込んでくる。
戦場が視界の悪い森の中であるだけに探し当てるのは困難極まりない。
厳馬としては潜んでいる術者が炎を放とうとする瞬間、炎の精霊の動きからそれを察知して避けるしかない。
しかも兵衛の指示によるものか、彼らは厳馬の防御が手薄な部分をピンポイントで狙ってくるため、厳馬は全方位に対して満遍なく炎の結
界を張らねばならず、その為、全力の攻撃を放つことが出来ない。
攻撃、防御、いずれの力も兵衛側を圧倒していながらも拮抗状態を抜け出せないことに厳馬は歯噛みした。
蒼と黒の饗宴
第23話
「ああもう!何なのよこいつらはぁっ!!」
綾乃は悔しげに叫びながら次々に炎を放つ。
しかし目の前にいる二人の炎術師は人間離れした動きでそれを悉く避わしきる。
久我 修二
樋上 勇介
兵衛が回収した分家術者の死体の中でもっとも状態が良く、尚且つ肉体的にも若いこの2人を、兵衛は厳馬でなく綾乃の始末の為に使うこ
とにした。
兵衛が直接操っている他の6人と違って、この2人はある程度自立行動が出来るように術を施してある。
ミハイルを抹殺したのもこの2人である。
2人は兵衛が直接操作していた訳ではない。
兵衛自身から魔力の流れが感じられなかったことでミハイルは油断し、結果としてまんまと寝首を掻かれることとなったのだ。
本来なら他の6人にも同じ処置を施したかったのだが、風牙の術者たちが張り巡らせた防衛線が和麻たちによって短時間の内にズタズタに
されてしまった為、それをやるだけの時間がなかったのだ。
兵衛としては、もし反乱が失敗に終わり風牙が滅びることになっても、せめて次期宗主である綾乃だけでも道連れにしてやるつもりだった
。
この二人は術者としても生前はなかなかの実力者であり、勇介の方は分家ではトップクラスの体術の使い手であった。
死返玉によって魂を呼び戻された2人は肉体に掛かる負荷を完全に無視した、非常識な動きで綾乃を翻弄する。
綾乃の放った炎弾を回避した2人はすぐさま反撃に移る。
修二は己の周辺に在る精霊を一瞬のうちに制御下に置き、黄金の炎を召喚する。
生前の彼には到底成し得ないほど強大な炎は綾乃に一直線に放たれる。
更に炎の後を追うようにして勇介が短刀を逆手に持って綾乃に襲い掛かる。
「くっ…この!!」
綾乃はすぐさま炎雷覇を振るって修二の炎を相殺。そのまま勢いを殺すことなく、短刀を構えて懐に飛び込んでくる勇介の頭上に、炎雷覇
を振り下ろす。
刀身には綾乃の増幅された精霊が高密度に圧縮されて纏わせてある。
たかがナイフ1本、頭骨もろとも粉砕せんと意気込んで放った一撃だが、勇介は踏み込んだ右足を軸に体を横に逸らしてそれを紙一重で回
避する。
それならばと、綾乃は炎雷覇を横に振り抜こうとするが、それより速く勇介の蹴りが炎雷覇の柄めがけて打ち込まれ刀身が真上に跳ね上が
る。両手で握りこんでいた炎雷覇の刀身が跳ね上げられたことで胴が全くの無防備となる。
「(っっ!!ま、まず…っ!!)」
慌てて距離をあけようとするが、追い討ちをかけるようにして勇介の短刀が繰り出される。
勇介自身が統御する精霊が纏わせてある短刀は、綾乃が纏う数万度のプラズマに触れても全く燃え尽きる様子は無い。
召喚量では劣るもののその分高密度に圧縮された精霊は、そう簡単には綾乃の干渉を受け付けない。
綾乃が後退するよりも速く刀身は綾乃の胸にすいこまれていく。
「……っ!」
「(間に合わない!!)」
自身の死の瞬間を幻視し、背筋が粟立つ。
刹那、綾乃の中を今まで感じたことの無い感覚が走り抜ける。
迫り来る刃の速度が酷くゆっくり感じられる。
―――ドクン
勇介の繰り出した短刀が綾乃の体に沈み込んでいく。
それを驚くほど冷静に見つめながら綾乃は精霊に呼びかけた。
(力を貸して)
突如、勇介の体がビクンと震えたかと思うと短刀から手を離して後ろに跳び退る。
程無くして綾乃の体に突き立っていた短刀が地面に落ちる。
地に落ちたその短刀からは刀身が消失していた。
綾乃は短刀に貫かれる瞬間、勇介の精霊統御をはるかに上回るほどの炎の精霊を、自身の身体―――それも短刀で貫かれる一点に集中して
―――纏わせ、鋼の刀身を融解させたのだ。
「黄金」の使い手の精霊統御を上回るほどの防御を一瞬で行うという離れ業に、一番驚いたのは他ならぬ綾乃であった。
「うそ……あたしこんなことできたんだ」
どうにかそれだけ呟く。
和麻などがこれを見ていれば火事場の馬鹿力とでも評したかもしれない。
元々宗家の中でも炎術師として高い素養を持っていた綾乃であるが、これまでは自分と同格以上の相手と相対したことが無く、自分より遥
かに格下の相手を力押しで滅ぼすばかりであったため、技術的にも、精神的にも未熟なままであった。
しかし、風牙の反乱はそんな微温湯のような世界に劇的な変化を齎した。
一族の存続さえも危ぶまれるような事態にあって、曲がりなりにも重悟、厳馬に次ぐ実力者である綾乃を後方で遊ばせておくような余裕な
ど神凪には無い。
神社での班渠との遭遇戦。
一方的な、殆ど「戦闘」と呼べるような物では無かったが、神崎隷との戦い。
そして今回の「黄金」の使い手2人との戦い。
それら強力極まりない妖魔、術者との戦闘の積み重ねは綾乃の中から―――綾乃自身も気づかないうちに―――炎術至上主義の驕慢さを徐
々に奪っていった。
そして今、自身の命を失いかけるという極限状態の中、驚異的なまでの集中力が綾乃自身の炎術の才と相まって平時の綾乃を遥かに上回る
ほどの精霊統御を成し得たのだ。
呆然とする綾乃だが、そこに今度は修二の炎弾が襲い掛かる。
先ほど召喚した炎の精霊を纏っていたため炎そのものによるダメージは無かったが、衝撃までは防げず、綾乃は大きく吹き飛ばされ、木に
全身を強く叩きつけられる。
朦朧とする意識を無理やり現実に引っ張り戻し、敵と対峙する。
先程の力は悪く言えば火事場の馬鹿力。
そうそう何度も出来るものではないが、おかげで綾乃は冷静さを取り戻した。
「(そうよ…相手は伯父様でさえ苦戦するような相手。舐めて掛かったらこっちが殺られる)」
直接見たわけではないが厳馬が戦っている方向からは先程からひっきりなしに爆音が響いてくる。
時折立ち昇る炎の色は全て「黄金」
つまり蒼炎を出すほどの余裕も無いということだ。
ならば自分が行かずして誰が行くというのか。
厳馬が相手取っているのは兵衛自身も含めて7人。
対して綾乃自身が相手にしているのはたった2人なのだ。
炎雷覇を正眼に構え、精霊たちに呼びかける。
と、その時
「!!……な…なによこれ……」
山全体を覆い尽くさんばかりの膨大な風の精霊を綾乃は知覚に捉えた。