当初拮抗していた厳馬と兵衛の戦いは徐々にではあるが厳馬優位に傾きつつあった。

黄金の炎の連撃を捌きながら自身の周囲を結界で固め、更に攻撃のための精霊召喚を行わなければならない厳馬に周囲への被害を気にする

余裕は無い。

普段なら攻撃対象以外には全く害を及ぼさない厳馬の炎も、今では周囲の木々を焼き払い、辺り一面が焦土と化しつつあった。

遮蔽物が焼失した事で兵衛達は隠れ場所を徐々に喪っていき、兵衛の風術をもってしても充分な隠蔽が出来なくなってきたのだ。

加えて先の和麻の聖痕解放によって兵衛が余裕を失っていたというのもある。

術者が敵前にあって平静を失う事は致命的である。

兵衛もそれを解ってはいるのだが、如何せんここまで不利な状況は兵衛も経験したことがない。

敵は分散し、尚且つ地の利があるのは兵衛達である。

更に戦力を集中運用している分、少なくともこの戦場においては、兵衛達は数において神凪側を圧倒している。

だからこそ、全体的に見れば劣勢な戦力でここまで持ちこたえてきたわけだが、それも限界が近づきつつあった。

班渠がやられたことで和麻たちが祠に向かうのを阻止するだけの戦力は既に無い。

おまけに和麻、五十鈴のうち誰か一人でも厳馬達の加勢に来るようなことがあれば戦局は一気に引っくり返る。

兵衛の術者としての実力はそれほど抜きん出ているわけでは無い。

今のところ風術と炎術の連携、さらに数の優位によって厳馬の攻撃に対処できてはいるが、和麻たちが加われば兵衛が制御している精霊な

ど根こそぎ奪われるだろう。

そうなったら最後、兵衛に勝ち目はない。

後に待っているのは一方的な虐殺である。

それが解るから焦りもする。

事態は兵衛が懸念する方向に向かいつつあった。

























蒼と黒の饗宴

第25話
























「やああああああっっ!!!」


気合と共に綾乃は勇介に斬りかかる。



正中線に沿って上段からの斬り下ろし。

身を屈めつつ、さながら昆虫のような 不規則な動きでそれをかわす勇介。

そのまま二人の体が交錯し、すれ違う。

反撃の暇も与えぬとばかりに綾乃は勇介を追撃する。

慣性の法則に逆らっての急速停止と方向転換。

体を回して振り返りざまに袈裟斬り、真っ向斬り下げ、中段突きの三連撃を放つ。

勇介は第一撃を紙一重で回避するものの、次の斬り下げで衣服の胸部を浅く切り裂かれる。

そのまま更に踏み込んでの中段突きは避けきれぬと見たか、左手を突き出して胸をガードする勇介。

「はぁっ!!」

綾乃の放った突きは狙い過たず勇介の腕を貫く。




ズブリ……




「(うっ)」




初めて体験する人の肉を斬る感触に綾乃の動きが一瞬鈍る。


その一瞬が明暗を分けた。




勇介は懐に手をやり2本目の短刀を取り出すとあろうことか自分の腕に押し当てた。



一瞬、綾乃は呆然とするものの、すぐにその狙いを悟る。



急いで炎雷覇から勇介の体内に炎を送り込んで焼き尽くそうとするが、それより早く勇介は肉体の限界を無視した凄まじい膂力で自身の腕

を骨ごと断ち切る。

刹那、切り離された勇介の腕は炎雷覇によって送り込まれた炎が焼き尽した。



後ろに下がりながらも傷口を焼いて止血を行う勇介の表情に苦痛の色は無い。

そういった感情は既に兵衛によって取り除かれている。







普段の綾乃であればその痛ましい様子を見て義憤に燃えることだろうが、今の彼女にそんなことを考える余裕は無い。

「かわいそう」だの「人道が云々」といった同情を敵に対して覚えることが出来るのは、自分が圧倒的な優位に立っている間だけである。



勝利のために、自分が生き残るために必要な感情以外は全て切り捨てる。

少なくとも今だけは……


下がろうとする勇介に綾乃は追いすがる。

視界の片隅に炎を放とうとする修二が映るが一顧だにしない。

勇介が片腕を失い、二人の連携が崩れた今がチャンスなのだ。


牽制のために勇介が放つ炎を炎雷覇で切り裂きつつ、目標に肉薄する。








「たあああああっっっ!!!」


踏み込みと共に放った突きは勇介の胸板を貫き、一泊遅れてその肉体は炎に包まれる。







勝った。







安堵を覚える綾乃。



だが、そこで勇介は予想外の行動に出た。



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」



狂ったような叫びと共に彼の周囲に在った炎の精霊が綾乃の制御を離れ始める。



「!!……え……」



呆気にとられた様な声を出す綾乃。

体の所々を炭化させた勇介が綾乃にしがみついてきたことでようやく我に返る。

「っきゃ!!は、はなしなさいよっ!!!」

身に纏っていた炎の精霊が綾乃の制御を離れていくのを感じ取り、綾乃は焦る。



必死に足掻くが如何せん膂力に差がありすぎる。



腕1本を失っているとはいっても、勇介は人間の生理的限界ぎりぎりまで力を使っている。



そして、これまでで最大規模の炎弾を作り出そうとしている修二の姿を視界に捉え、初めて勇介の狙いを悟る。



(こ…こいつ……死ぬ気!?)



己の防御を完全に捨て、綾乃の纏う精霊―――即ち綾乃の防御力―――を奪うことに全力を傾け、その間に修二の召喚した炎弾によって自

分もろとも綾乃を葬る。

常軌を逸した自爆攻撃。


「くっ…」


精神を集中し奪われた精霊を自身の制御下に戻そうとするがとても間に合わない。




その時修二の炎弾が放たれる。




直撃を覚悟する綾乃だが、その時、勇介の拘束が突然緩む。


「え!?」


見れば自分を羽交い絞めにしていた勇介の肩から上が消失している。


勢い良く飛び出す血液が綾乃の顔に、体に降りかかる。



「っ…ひ……!」


あまりの事に綾乃は思わず引きつった呻きを漏らすが、そこに聞き覚えのある声が綾乃を叱咤する。



「突っ立ってないで避けろ!!」



その声にハッとした綾乃は自分目掛けて飛んでくる炎弾を横っ飛びに回避し、声がした方を振り返る。









そこにはいつの間に現れたのか八神五十鈴が立っていた。




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