やや時間を遡る。



綾乃の戦いぶりを見た五十鈴は、おもわず感嘆の声を漏らした。


「(へえ、和麻はああ言っていたけどなかなか出来るようじゃないか)」

荒削りではあるものの16歳という年齢を考えれば破格の戦闘技術を見て感嘆する。

自分が綾乃くらいのときの実力を思えば彼女を役立たずと呼ぶのはいくらなんでも過小評価が過ぎるというものだろう。

綾乃の剣術は熟練というには程遠いレベルだが、綾乃の本分が炎術であることを考えれば充分だろう。

自分が手を出すまでも無いか。

そんな考えが頭をよぎる。

しかしその時、敵の一人が綾乃に特攻をかけようとするのが五十鈴の眼に入る。

綾乃も既に倒したと思っていた敵の予想外の反撃に動きが乱れる。



(………これは、まずいか)


周囲の風の精霊を圧縮し、勇介に狙いを定める。

「鉄風!!」

放たれた風刃は綾乃を傷つけることなく勇介の肩から上を綺麗に切り落とす。

続いて次弾を修二に放とうとするが、その時には修二から炎弾が放たれようとしていた。

(糞、間に合わん!)

「突っ立ってないで避けろ!!」

未だに硬直している綾乃をそうやって叱咤し、風刃を修二に放つ。

綾乃が炎弾を回避するのとほぼ同時に、風刃は狙い過たず修二の延髄を切り裂いた。































蒼と黒の饗宴

第26話





























(糞、あちらは全滅か……冗談ではないぞ!)





綾乃の始末に向かわせていた二人がやられたことを精霊の反応から感じ取った兵衛は内心で毒づいた。

ほぼ同時に、綾乃の位置が兵衛に掴めなくなる。




(綾乃は高度な穏行の技術は持ち合わせていないはず……となれば……風術師の仕業か)





(まさか風術師に命脈を断たれることになろうとは)


一族の再興と自身の復讐のために始めたこの反乱だが、風術師の誇りのためという義憤も無かったわけでは無い。


それだけにこの結末は皮肉というしかない。


既に、兵衛が当初思い描いていたシナリオは完全に崩壊している。



(かくなる上は厳馬だけでも!)



憎しみを込めて厳馬を睨みすえる。













一方で厳馬だが、どうにか戦局を持ち直したもののその表情には相変わらず緊張感が漲っている。


綾乃がそうであったように厳馬もまた風牙との戦いの中で、炎術の力を絶対視する驕慢を根こそぎ奪われていた。


いまや厳馬にとって、目の前で対峙する男は取るに足らぬ雑兵などではなく、全力をもって打倒すべき強敵であった。


厳馬の頭を占めるのは活路を開く一手のみ。









「もはや風牙再興は叶わぬ……だが!唯では滅びぬ!!貴様にも冥府に同道してもらうぞ神凪厳馬!!!」


兵衛の執念が乗り移ったかのように炎術師たちの攻撃は更に苛烈になる。


それまで防御に専念していた術者4人を散開させ攻撃に振り分ける。


術者全員を攻撃にまわしたことで兵衛達は厳馬の炎を防ぐ手立てを失った。

厳馬の炎は他の宗家の術者達とは桁違いの威力を持っている。

分家の術者が持つ程度の炎の加護では1発でも致命傷になりうる。

兵衛が行ったのは、まさに防御を完全に捨てての全力攻撃である。

兵衛は、これまでの持久戦を睨んだ布陣では、短時間で厳馬を打倒するのは不可能と判断したのだ。

このまま堅実に戦っても、綾乃や和麻が駆けつけてきたらそれで終わりである。

ならばリスクは高くても厳馬を倒すことのできる可能性に賭けたのだ。





厳馬が兵衛達を全滅させるのが先か、兵衛達が厳馬に致命傷を与えるのが先か。





兵衛の風によってその威力を高めた炎は四方八方から厳馬に襲い掛かる。


回避の体捌きをも見越して放たれる攻撃の数々。


襲い掛かる炎弾を軽妙な体捌きで回避し、避けきれないものは己の炎で相殺しながら反撃の隙を窺う。


炎術至上主義の術者の中にあって稀有な例ではあるが厳馬は炎術のみならず体術においても相当な実力を有している。


弛まぬ研鑽によって磨きぬかれた“功”

それによって齎される体捌きは綾乃のような勘に頼ったものではない。

既に円熟の域にある技術は若い術者のような爆発的な成長こそ望めない。

だが、数十年かけて培ってきた退魔士としての技量は、生まれつきの才能に頼りきり鍛錬を怠ってきた神凪の他の術者達とは一線を画して

いる。



「破ァッ!!!」



狙い済まして放った厳馬の炎は前方に展開していた炎術師の一人を飲み込んだ。

初めての命中弾。

その術者はとっさに自分の炎で迎撃するものの相殺しきれず、厳馬の炎を全身に浴びる事となった。

数万度に達するプラズマは、術者が持つ炎の加護によって威力を減衰しながらも、その血液を瞬時に沸騰させ、次の瞬間、その肉体は四散

して果てた。

「!!おのれぇ……!」

厳馬に先制されたもののそれで冷静さを失うほど兵衛は愚鈍では無い。

気を乱し、動揺すればそれは自身の動きを鈍らせることに繋がる。

焦る気持ちを無理やり押さえつけ、反撃に転じる。

残り5人となった炎術師が一斉に炎を放つ。

その様子を凄愴の視線で見据えつつ自身が構築した術式を解き放つ。





「雹風…空蝉……喝ッ!!!」





刹那、放たれた炎弾の数は一気に数倍に膨れ上がる。

視覚のみならず、精霊を使った感知さえも欺くほどの幻術に厳馬は瞠目する。






確かに兵衛は風牙衆の中でも並程度の精霊召喚量しか持たない。

だが、召喚量が術の効果に直接影響しない隠蔽、穏行に関しては、兵衛は一流と呼ぶに値する実力を有している。

いくら優秀であっても攻撃に特化した炎術士では、兵衛が構築した風の幻惑を見破ることはできない。

少ない精霊召喚量を補う技術。

そして権謀術数の才。

これこそが、兵衛の武器であった。

頼道の暴政時代を生き抜き、最強の炎術師を滅亡の淵に追い込んだ“凡人”の力である。








兵衛が全力を傾けて構築した幻惑の術式。


そして5人の術者が放つ黄金の炎。


虚実入り乱れて放たれる炎の群を回避する術は無い。




厳馬は立ちつくしたまま全く回避の動きを見せず、ただ自身の周囲に炎の精霊を集め始める。




それを見て兵衛はほくそえむ。

「(莫迦め!!防御に徹したところで5人がかりの炎を防ぎきれるものではないわ!!)」

緒戦において厳馬の炎は術者4人がかりで防がれていた。

仮に全ての精霊を結界に充てた所で、5人から同時に攻撃を受ければ少なからずダメージを負う事になる。

そうして厳馬の動きが鈍れば、数で勝る兵衛達は一気に飽和攻撃を仕掛けて厳馬を葬り去ることができる。










そして炎は厳馬を飲み込んだ。







爆風と共に撒き散らされる砂塵。







爆心地から半径30メートルは完全な更地となっていることだろう。


余韻に浸ることも無く次の攻撃の準備に入る。

爆心地では炎の精霊が荒れ狂っているため兵衛の風術を持ってしても狙いを定めるのは困難である。

視界が晴れ、厳馬が現れたところで更に攻撃をかける腹積もりであった。










だが。










「な……に………!?」


視界が晴れたときそこに立ち尽くしている厳馬を見て兵衛は掠れた声を漏らす。

傍から見ても判るほどの大火傷を全身に負いながら、厳馬が従えているのは彼自身の二つ名にもなっている蒼い炎。


「き……貴様……アレを防御せずに蒼炎を召喚したのか!?」


兵衛が狼狽するのも無理は無い。


厳馬は兵衛の攻撃を受けるに際して、自身がまとう炎の精霊を防御に使うのではなく、蒼炎を召喚するのに費やしたのだ。


兵衛から見ても自殺に等しいやり方である。


神凪一族でも並外れた炎の加護を持つ厳馬だからこそ成功したといえる。


だが、その厳馬にしても既に立っているのがやっとという風体である。






半死半生の態でありながらも厳馬が発する闘気はまったく衰えを見せない。





蒼炎が厳馬の右腕に集う。

「燃え尽きよ!」

その言葉を合図に青白い炎が解き放たれる。






「っ!!……防御だ!!防げ!!!」


指示を出す兵衛。

だが5人がかりの「黄金」も神炎たる「蒼」を防ぐには至らない。




黄金の炎は一瞬で蒼炎に飲み込まれ、そのまま勢いを殺すことなく炎術師たちを灰の一片も残さずに消滅させた。











圧倒的なまでの“力”










「ク……終わらぬ!!…まだ終わらぬ!!!貴様とて満身創痍!!!新たに精霊を召喚するほどの集中力は保てまい!!!このわしが引導

を渡してくれるわ!!!」



苦し紛れに喚き散らす兵衛。


既に勝敗が決したことは他ならぬ兵衛自身が理解している。



しかし。



しかし、だからといって降伏など出来るはずもない。



せめて厳馬だけは刺し違えてでも……









厳馬が周囲の精霊を集め始める。

だが、既に体力は限界に達し、気力だけで兵衛と対峙する厳馬には蒼炎を再び作り出すことは出来ない。

周囲に残る炎の残滓をかき集める。

それは普段厳馬が作り出す炎に比べれば蝋燭のように頼りない。

それでも並の炎術師の炎を上回るあたり、厳馬の実力の凄まじさを物語っている。









対する兵衛も、己が成し得る最大量の精霊を召喚する。

威力で劣る分、限界まで圧縮を行う。

そして作り出される風の刃。









「灰となって果てよ!!兵衛!!!」

「その首貰ってゆくぞ!!」










そして2人の風と炎が交錯した。




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