「父上は敗北されたか……」

兵衛の死は一部始終、流也の知覚に捉えられていた。

これで風牙の戦力は完全に払底した。

最早いくら流也が足掻いたところで逆転の見込みは無い。




だが風牙の有終の美を飾るに相応しい兵衛の壮絶な討ち死に。

その見事な散り際に流也は感服していた。

(叶うことなら自分の最期もあのように……)

死というものを美化しているあたり流也もまだまだ現実というものを知らない。



死に様が見事であろうが無様であろうが死んでしまっては何にもならないのだ。





「戦争」というものは真実を隠す。




風牙の在り様は神凪や神崎といった勝者によって都合よく歪められる事になる。




兵衛は己の穢れた欲望のために己が一族や息子の命さえも犠牲にした外道。




妖魔の魂を売り渡した退魔の面汚し。




それが風牙に与えられる評価となる。




事実がどうであるかなど関係ない。




「生き残った」勝者がそう触れ回ればそれこそが真実となる。





生きていてこそ再起を期すこともできるし、復讐戦の機会にも恵まれるのだ。





だが、流也が徹底抗戦を決意したことはある意外な要素をも孕んで貴広との決戦に臨むものであった。

































蒼と黒の饗宴

第28話































和麻達の攻勢によって、風牙の戦闘部隊は完全に消滅したが、風牙衆全員が殺し尽されたわけでは無い。



既に一線を退いた老齢の術者達に護衛されながら女子供は下山をはじめていたのだ。

流也の最後の抵抗は、神凪の目を流也一人に向けることで非戦闘員の脱出時間を稼ぐことに繋がった。

流也がそれを意識してやったわけではないが、結果として、流也が自己満足のために行った戦闘は一族の者たちの脱出を容易にしたのだ。











対峙する流也と貴広。


当初、隷は後ろに下がり、貴広の精霊統御のサポートに専念していた。


精霊召喚速度に関して言えば流也は貴広を圧倒しており、それに対抗するために貴広達は2人がかりで召喚を行うことで流也の速度に対抗したの

だ。

しかし、和麻が聖痕を解放したことでこの均衡状態が崩れた。

浄化の風の影響で流也は精霊統御能力をかなり削がれることになり、その結果貴広たちに、隷を戦列に加えるだけの余裕が生まれた。

そうなると、同時に2人の漆黒使いを相手にする流也は徐々に追い詰められていった。








「フンッ!!」


水の飛礫が次々に撃ち出される。

精霊を束ね、圧縮して撃ち出すという点では、和麻が使うエーテルフィストと要領は変わらない。

しかし原理は同じでも、元々風と水では質量が全く違う。

質量において水は風を上回り、術者としての技量において貴広は和麻を上回る。

故に流也はそれを真っ向から受けようとはしない。

凶器と化して襲い来る水を持ち前の軽妙な体捌きでかわしながら貴広との距離を詰める。


「はあっ!!」


頭を狙って掌打「虎爪」が打ち込まれる。

妖魔の膂力によって振るわれるそれは鋼鉄の戟も同然。

貴広は右半身を引いてその一撃を回避する。

更に打ち込まれる横蹴り、脛蹴の追撃。

水気を纏わせて強化した腕がそれらを迎撃する。

貴広とて武術を納めてはいるものの、妖魔は、肉体の強度も、筋力も人間とは桁違いである。

人外との近接戦は人間が圧倒的に不利であり、そこで求められるのは“柔よく剛を制す”。

「人間」と「人外の化け物」では普通、勝負にもならない。。

防禦一辺倒でも、攻撃一辺倒でもなく、それらをおり混ぜた千変万化の動きによって相手を翻弄し、敵の動きを取り込み、その攻撃が自身

に及ぶ、一歩手前で迎撃しなければならないのである。

流也の攻撃を捌き、連撃が途絶えたところでお返しとばかりに顔面に掌打を叩き込む。

拳に纏わせた水気と、ドロップ・ステップによって威力を飛躍的に高めたそれは常人であれば頭部そのものがミンチに変わるほどの破壊力

を秘めている。

その一撃をまともに食らい、上半身を仰け反らせる流也。

踏み込みと共に、無防備となった胴めがけて貴広の鉄槌(ハンマーストライク)が打ち込まれ、今度は身体を九の字に折り曲げながら吹き飛ぶ流也。

地面に転がったところで隷の漆黒が流也を飲み込む。






圧縮された漆黒───即ち水気の満ちた呪界に対象を取り込み、その体内の水の流れに力を加えることで内側から爆砕する大技。






これぞ隷が保有する最強の結界術「コノテーション」






この呪界に絡めとられたら最後、抜け出せた者は今まで一人たりともいない。


無論、隷とて流也が規格外な存在であることは百も承知している。

だが、この結界は隷が持つ最も強力な攻撃手段であると同時に、最も堅牢な牢獄でもあるのだ。

かつて班渠に破られたデノテーションとは結界を構成する漆黒───つまり精霊の量───からして3倍以上。

当然強度は段違いである。





隷にとっては正に切り札といえる一手。




(これならば!)




だが、その自信はパリンッ!とガラスの砕け散るような音と共に結界が崩壊したことで崩れ去った。



「な……」




流石にこれには隷も自身の眼を疑う。

隷が放った攻撃は断じて尋常なものではない。

しかも、流也は和麻の浄化の風によって少なからず弱体化しているはずなのだ。

にもかかわらず。

かつて戦ったことがある上級妖魔でさえ、逃れること叶わなかった術式をいとも容易く破られたとあっては、隷も動揺を隠しきれないよう

だ。







「次はこちらから行くぞ」





流也のその言葉と共に大気が鳴動する。



次の瞬間、20近い数の風刃が一挙に放たれる。

進路上に存在する障害物を切り裂きながら襲い来るそれらを迎え撃ったのは、貴広が展開させた水の防壁。

流也が放つ風刃を全て受け止め、消滅させる。

貴広達が防御に集中している隙に流也は距離を詰めて接近戦に持ち込もうとする。








だが、貴広は接近戦を挑んでくる流也に対して対策を用意していた。








突っ込んでくる流也めがけて黒いなにかを放る。




「兵衛の形見だ!持って行け!!」





「!?」





一瞬それに気をとられる流也。


それを見た隷は慌てて漆黒で自身を包み込む。



そして貴広が身を翻した時、凄まじい閃光が爆音と共に響き渡る。


「ぐああああああ!!!」


閃光を直視してしまった流也は、たまらず目を押さえて呻く。





スタン・グレネード

暴徒鎮圧などに使われる閃光手榴弾である。

神崎のSSでは制式装備として導入されている。

人魔───いわゆる混血との戦闘を想定してかなり改良が加えられた物だ。




いくら妖魔と同化しているとはいえ、その主人格はあくまで人間「流也」の物である。


精霊の声よりもまず自身の視覚や聴覚に頼ってしまう人間にとって、この攻撃はかなりの効果がある。

妖魔との同化によって知覚を拡張していた流也は、その閃光を直視してしまったことで、一時的にではあるが完全に視覚を奪われる。

陳腐な手ではあるが、敵対する相手からいきなり「親の形見」などといわれて物を投げ渡されれば、罠と判りきっていてもつい注意が向い

てしまうものだ。

隷の反応を見てすぐさま風の防壁を展開したが、閃光までは防げなかった。

まあ厳馬辺りが見れば「小賢しい」だの「子供だまし」だのと吐き捨てることだろうが……


傍らの隷も漆黒を解き、どこか呆れた視線を送ってくる。



「なんというか……こすっからいというか……小賢しい手ですね……」



「やかましい!勝てば官軍という言葉を知らんのか!」



傲然と胸を張る貴広。


ちなみに貴広は、予めタイミングを計って数十トンの水を圧縮した防壁による遮光、遮音を行っていたため被害は無い。

隷との掛け合いの間も精霊の召喚は休まず続けている。

それまでの無色の水ではなく、正真正銘の漆黒。

片手間に無駄口を叩いているとは思えないほどの精霊が召喚され、圧縮されていく。

それはやがてサーベルへと姿を変じる。

形状は、刀身が疑似刀状となっている半曲刀であり、刺突、斬撃、何れもこなす事ができる。

右手に握られたそれを無造作に一振りすると、剣先に捉えられた岩が音も立てずに切り裂かれる。

それを見て流也の表情が変わる。

岩を切ったこと自体に驚いたのでは無い。

切られた岩の断面である。




(たとえレーザーでも斬った痕跡くらいは残るというのに)




あまりにも自然なのだ。


凄まじいまでに圧縮された水。


水圧で金属加工を行う技術があるように、高密度に圧縮された水というものはそれだけで途轍もない凶器となりえる。


一体どれ程の精霊を圧縮したのか。


流也の感知をもってしても量ることは出来ない。




流也は戦慄を禁じえないながらも、それで戦意を喪失したりしない。

彼とて、兵衛や風牙の熟練の術者達ほどではないにせよそれなりに場数を踏んでおり、上級妖魔と同化したことで扱える精霊の量も格段に

増えている。

精霊召喚量と持久力のみで言えば、貴広、隷を圧倒しているのだ。







腰を落とし、さながら矢を引き絞った弓のような体勢をとる。







対して貴広は剣を脇に引いた八相の構えでそれを迎え撃つ。








そして、叩きつけられる剣気と共に貴広の体躯が疾風の如く奔る。




それに応えるようにして流也もまた貴広目掛けて突貫した。


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