叩きつけられる剣気と共に貴広の体躯が疾風の如く奔る。


それに応えるようにして流也もまた貴広目掛けて突貫した。

貴広は最小限の動作で正確に流也の咽喉を狙う。

「ガアアアアッッッ!!!」

剣を振り下ろした瞬間、鋭い刃鳴りとともに剣が跳ね返される。

剣を弾いたのは流也の爪。

見れば、流也の五指は第二関節辺りから先がどす黒く染まっており、その爪は何時の間にか10cm位まで伸び、鈍い光沢を放っている。

爪だけではない。

よくよく見ると皮膚のあちこちに黒い斑が現れ始めており、そこから禍々しい妖気が噴出している。



(人としての形を保てなくなってきたか……)



貴広は小さく舌打ちする。

流也は自身に宿る妖魔の力に飲まれかけているのだ。

流也が人としての自我を失い、完全に妖魔化してしまうのは貴広にとってあまり好ましいことでは無い。

肉体の主導権を流也が握っている限り、その動きはあくまで人間の範疇に留まる。



だが妖魔の自我が表出した場合、それがどの程度の力を持っているか、貴広にも予想がつかないのだ。



こうなると流也の自我が消失する前に仕留めなくてはならない。即座に貴広は決断を下した。


「穿ッ!!!」

水の飛礫の連続攻撃を放ちつつ間合いを詰める。

2人の間合いが重なる。

刹那、貴広の踏み込みと共に、その剣先は空気を切り裂きながら流也の霊的中枢を狙って奔る。

無論流也とて黙ってそれを待ち受けたりはしない。

逆に前に踏み込み、カウンター狙いの一閃。既に人外のものと化した豪腕から放たれる一撃を貴広は水気を纏わせた腕でガードする。


ミシッ…


(ぐ!?)


完全に衝撃を殺すことは出来なかったらしく、一瞬貴広の顔が引きつる。

逃げるように後ろに下がろうとする貴広を流也は追撃するが、そこで貴広はあろうことか持っていた剣を流也めがけて投擲する。


(気でも違ったか!?)


一瞬罠の可能性を考えるが、すぐにその考えは頭から消えた。

既に妖魔の影響で流也は攻撃衝動を著しく刺激されており、普段の慎重さが欠落していたのだ。

最小限の身のこなしで飛んでくるサーベルを避け、貴広めがけて奔る。いや、奔ろうとした。

だが


「解」


その言葉と共に貴広の投擲したサーベルが“弾けた”。

刹那、凄まじいまでに漆黒が荒れ狂い、流也に襲い掛かる。

「な……」

流也は失念していた。

剣の形をとってはいるものの、それはあくまで漆黒、即ち水気。

それも圧縮され、篭められた水の量は100tを軽く超える。

サーベル一振り程度の大きさまで圧縮されたそれが至近距離で解放されるとどうなるか。

凄まじい圧力によって押しとどめられていた水は一挙に解き放たれ、近くにいた流也を叩きのめす。


(そろそろか)


先程から水術を乱発してきたお蔭で周辺には水気が満ち溢れている。

貴広は眼を閉じる。

数秒後、再び開いた双眸には先程までは無かった刻印が刻まれていた。
































蒼と黒の饗宴

第29話

































瞳を閉じ、自身の内に意識を向ける。

上位世界の住人である彼の者と己の意識を同調させる。






それは世界を司る力のひとつ



それは世界が持つひとつの顔



それは世界の根源



それは五行の水気



それは極北の冷気



それは暗黒の雫



世界が漆黒に沈み、冷たさに震え



そのそばに寄り添うもの



それこそすべての生命の源にして



すべてを飲みつくす水気の奔流






再び開かれた瞳。

やや赤みがかっていた瞳の色は黒に変わり、そこにはいつの間にか金色の刻印が刻まれていた。



それを見た流也の口が疑問を発しようとしたその時。

世界を闇が覆った。






漆黒。






「こ…これは……」


流也は何か言おうとするがうまく言葉が出てこない。







「それでは再開といこうか」


泰然と告げる。

そして放たれる凄まじい威圧感。

集結する水の精霊。

視界を埋め尽くすほどの漆黒。








桁が違う。



その圧倒的な力を前に、流也の頭にそんな考えが浮かんだ。





パチンッ!


貴広が指を鳴らす。




突然、流也の総身に凄まじいGが襲い掛かる。

「がっ…ぐぅッッ!!」

何が起こったのか解らない様子で辺りを見回し、そして凍りつく。

「な……」

漆黒が凄まじいスピードで増殖を始めている。

「た、大気中の水分を漆黒化しているのか!?馬鹿な!!」




そう言っているうちにも凄まじい重力が総身にかかる。

あまりの重さに流也の両足は地面にめりこんでいく。

「ク……」

たまらず膝をつく流也。

(こ…このままでは……)

妖魔化が更に進む危険を承知の上で力を解放する。

「ウオオオオオオオオオオォォォォォ!!!」

咆哮と共に黒い風が周囲を荒れ狂い、漆黒の幾分かを相殺することで重力の束縛を引きちぎる。

たわんだ膝を戻す勢いを利用して貴広めがけて疾駆する。

ドンッ!!!

地面が抉れる音とともに流也は一気に音速まで加速する。

一瞬で貴広の目前まで肉薄し、流也の爪は飛燕と化して襲い掛かる。


「ふん、甘い」

「!!!」


貴広を捉えようとした爪がその直前で制止する。

流也の爪は突如出現した漆黒の壁によって留められていた。

(っ!!動かない!!!)

のみならず、周囲に黒い霧が立ち込めて流也の動きを封じ込める。


「ク……その力は一体……」

「わざわざ敵に教えると思うかね?」

道理である。

もっとも、その力が何なのか解ったところで動きを完全に封じられた流也に勝ち目があるとは思えないが。


「おのれえええええええええええ!!!」


憎悪に満ちた叫び。


「さて、そろそろ幕引きといこうじゃないか」

言い終わると同時に漆黒が流也を呑み込む。

「ぐわあああああああああ!!!」

凄まじいスピードで流也の爪先から皮膚が捲れ上がる。

周辺の水分を凝結させて水分と温度を一気に奪い去っていく。

鮮血と共にどす黒い妖気が撒き散らされる。

「あぐああああああああああ!!!」

噴き上がった血液は一瞬で凍りつき、砕け散る。

漆黒は妖気を悉く喰らい、更に増殖していく。



「止めだ。」

その言葉と共に流也の腹を貫手がつらぬく。

注ぎ込まれる漆黒。





次の瞬間、流也の臓腑が裂け、腹部から真っ二つに引き裂かれた。

衝撃と共に吹き飛んだ下半身は一瞬で凍りつき地面に落下すると共に砕け散る。

それでも流也は生きていた。


殆ど死に体となっているが、それでも息があるのは妖魔の生命力故か。

だが、この水気の満ちた空間では余命幾許も無いのは明らか。


「なぜ……」


既に顔には死相が浮かんでいるが、それでも力を振り絞ってそう問いかける。


「なぜ、邪魔をする?お前達には関係のない……」


そこまで言ったところで貴広の声がそれを遮る。


「関係ない……だと?ふざけたことを抜かすな。」


貴広の顔は憤怒の表情でそう言う。


「わが邸を襲撃し、11人を殺害した。それが貴様らを滅ぼす一番の理由だよ。」


その言葉に流也の表情が変わる。

はじめてそのことに思い至ったかのように。


「貴様らの境遇は確かに同情に値する。だが、な。」


貴広は流也を睨みすえる。


「その復讐のために利用され、挙句身内を殺されたというのに関係がないだと?干渉する心算が無かった我々をこの戦いに引き込んだのは

貴様ら自身なのだ。」


風牙に神凪を滅ぼす理由があるように、神崎にもまた風牙を滅ぼす理由が存在する。

復讐だ。

風牙が自分達を虐げてきた神凪を滅ぼそうとしたように、神崎は自分達を利用し、あまつさえ身内を何人も殺害した風牙に報復した。

つまるところ、風牙がやろうとしたことと、神崎が風牙にしたことは本質的には同じことなのだ。


「貴様らの事情?それこそ知ったことではないな。はっきりしているのはひとつ。貴様ら風牙によって神崎の者が殺され、我々はその報復

として風牙を滅ぼす。それだけだ。」





言い終わると同時に流也を漆黒が呑み込み、その身に宿る妖魔諸共喰らいつくした。



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