重悟への報告を終えた兵衛は自室に戻り、すぐさま仕事に取り掛かった。

風牙衆の長が行うべき仕事は多岐に渡る。

それは他の退魔組織との折衝や情報収集。

神凪が受けた退魔の依頼の下調べは勿論のこと、

既に完了した依頼の事後処理――――――除霊の際に生じた損害の補償に関する、依頼人や政府との交渉も含む――――――など、

妖魔との戦闘を除くほぼ全てを風牙はこなさなくてはならないのだ。

その多忙な中で、兵衛は風牙衆増強のための手をうたなくてはならない。


(兎も角、風牙が独自に動くための金を集める必要があるか…………)


兵衛が風牙衆強化のため最初にやらなくてはならないのは資金集めである。

武器を揃えるにしろ、諜報活動を行うにしろ、人脈を構築するにしろ、まず必要となってくるのがカネだ。

兵衛の記憶を一通り視た正也は、兵衛が神凪に対して反乱を起こす時の為の資金を、極秘に集めていたことを知った。

資金集めのために兵衛が行っていたのは平たく言うと「横領」。

自分達で稼げればよいのだが、普段神凪から課せられている仕事だけでもかなりの量になるため、

独自に情報屋などをやれるほどの余裕は風牙にはない。

そうなると今ある収入の中から資金を捻り出さなければならないのだが、

そこで兵衛が目をつけたのが風牙の必要経費の中にある調査費という項目である。

これは主に風牙が情報収集や隠蔽工作などを行う際に必要となる工作資金だ。

兵衛がやったのは、平たく言うと調査費の水増し請求という奴だ。

まともな組織ならともかく神凪には財務監査などというものはない。

それどころか諜報、防諜、工作をはじめ、情報関係は全て風牙の身内がやっているため、

余程目立つことをやらない限りは感づかれることはない。

それによって得た資金は兵衛が念入りなマネーロンダリングの後海外のプライベートバンクに移し、

風牙が独自に動く際の工作資金としていた。


(…………9000万か、普通に考えれば大金だけどこれからの事も考えると殆どお話にならないな)


神凪の息がかかっていない風牙独自の人脈を構築し、風牙衆全体を戦闘向けの集団に変えていくには相応の武装と、

その扱いに習熟するための訓練が必要であり、当然それには相当な金がかかる。

特に呪術武具、魔術武具の中には数千万、場合によっては億の値が付く物もあり、

兵衛のこれまでの蓄えだけでは、到底やりくりはできないだろう。

となると今後も資金集めを続ける必要があるが、兵衛がこれまでにやっていたようなやり方だけではやはり限界がある。

元々、神凪は情報関係をひどく軽視しているため風牙に割り当てられる資金は非常に少ない。

まあ、それであって9000万も溜め込んでいたのだからそれだけ兵衛のやり方が巧妙だったということだろうが。


(まったく、高校の制服に何千万も……いや、億か?注ぎ込むくらいならこっちにも回せと言いたいな…………特に宗主)


原作で宗主が綾乃に買い与えているオーダーメイドの戦闘服。

あれこそ無駄の極みというものだ。

兵衛が溜め込んでいた闇資金(笑)は引き続きこちらで管理し、それとは別口で資金集めをする必要があるだろう。

当然この口座の存在は神凪に知られるわけにはいかないため、資金の管理は全て兵衛が行うことになる。


(できればこっち方面の仕事を補佐してくれる人材がいると助かるんだけどなぁ)


このような仕事を息子の流也や娘の葉月に任せるわけにもいかず、兵衛の労働量は雪だるま式に増えていった。




































風牙の風

第2話 1994年A




































神凪本邸・兵衛居室






「…………ふう、資金はともかく人材はどうするかな。」


その日片付ける分の書類仕事を終わらせ、机に突っ伏してだれていた兵衛は、ふと、そんなことを呟いた。

風牙にとって一番のネックは退魔戦闘に長けた術者が少ないことだ。

風術は使い勝手は良いものの、それ自体は戦闘向きでない。

質量の軽い風では攻撃するにしろ防御するにしろ相手の数倍の精霊を集めなくてはならない。

四大の中で最高の攻撃力を誇る炎術と拮抗するにはざっと4倍を召喚しなくてはならない。

……もっとも、これは『退魔』戦闘に限った話であり、対人戦となると話が違ってくる。

何も、真正面から精霊術で撃ち合う必要などない。

離れた地点からライフルで狙撃するも良し、穏行で気配を絶ちつつ背後からナイフで脾腹を一突きするも良し。

ようするに、いくら化け物じみた力を持っていようと、相手が“人間”である限りやりようは幾らでもあるのだ。

……しかし、相手が妖魔や悪霊ともなると、頼れるのは己の“術”のみなので、攻撃力の乏しい風術では不利は否めない。

卓越した風術士であれば、四大中最速の召喚速度を生かして相手を翻弄することもできるだろうが、

それを風術師としての“格”は並程度の風牙衆に求めるのは酷というものだろう。


(和麻はどうにかしてこちら側に引き込むとして、外部から腕の立つ連中を集めるかな…………けど金がなぁ…………)


フリーランスの退魔士、それも神凪に対抗できるほどの実力者を雇えるほどの金は風牙にはない。

戦力をそろえる目的はあくまで風牙が神凪に対抗できるだけの戦力を有していることを対外的に示すためのものであるから、

何も神炎使いクラスの実力者が欲しいというわけではないのだが、それでも一流どころを雇うことになれば相当な金がかかる。


(…………風牙衆自体を強化するのと並行して神凪に悪感情を持っている退魔方と渡りをつけるべきかもしれないな。)


神凪と互角とまではいかずとも、それなりに張り合えそうな勢力を思い浮かべてみる。


(陰陽道で言うと「橘」「土御門」「賀茂」あたりか。)


橘は陰陽道の家系としては国内最大の勢力である。

かなりの歴史を誇る家柄ではあるが、橘が台頭するようになったのはここ数十年のこと。

元々、日本の陰陽道は宮内省直轄の陰陽寮が取り仕切っていたのだが、太平洋戦争の敗戦後、

GHQによる宮内省の規模縮小にともない、陰陽寮は解体され、

それまで政府直属の退魔機関であった陰陽師は一転して民間の退魔業者となった。

陰陽寮の解体については、日本の強大な退魔勢力の力を削ごうとした欧米の魔術、十字教勢力の思惑があったようだ。

そのような流れの中で、土御門は勢力を衰退させ、変わって民間での退魔活動にいち早く順応した橘が台頭するようになったのだ。

もっとも、橘は神凪と親密な関係にある上、その拠点も東京、京都と離れているため利害が衝突することは少ない。

こちらに引き込むのは難しいだろう。

対して土御門は勢力で言えば国内2番手、安倍清明を輩出している陰陽道のサラブレッドともいえる存在だ。

安倍清明の登場後は賀茂と共に陰陽寮を二分する勢力を誇り、宮廷陰陽師―――天文博士を世襲していた。

もっとも、陰陽寮の解体後は橘によって陰陽道の首座を追われており、そのため両者の仲はすこぶる悪い。

その関連で神凪との関係も冷え切っており、尚且つ政府に対してもかなりの影響力を持っているため、

こちら側に引き込む勢力としては誂え向きだろう。

賀茂は政治的には既に没落してしまっているものの、宗家に関しては退魔としての実力には些かの衰えもない退魔方の雄。

安倍清明の登場までは陰陽寮を統括し、国内の陰陽道をほぼ独占していたほどであり、その実力は侮れない。

清明登場後も暫くは陰陽寮を二分する勢力を保ち、暦博士を世襲していた家柄である。

もっとも、退魔士としての実力は兎も角、政治力は無きに等しいため、

こちらを引き込むとしたら退魔の実働戦力としてのみ当てにするべきだろう。


(さしあたって接触を持つのは賀茂だけで良いか……いきなり土御門に接近したりすると目立つからな。)


土御門と神凪の関係は険悪とまではいかないものの、あまり良好とはいえない。

そんな中で神凪の下部組織である風牙が接近しても、先方は怪しむだろうし他の退魔勢力からも疑念の目を向けられるだろう。

まずは、風牙が各退魔組織と接触を持つようになっても不自然でない状況を作り上げておく必要がある。


(他に……精霊術士で言うなら「石蕗」か……)


地術の石蕗。

富士の鎮護を担う精霊術士の一族である。

300年前、富士山の最後の、そして有史以来最大の噴火である宝永の大噴火を鎮めた地のコントラクターを祖とする最強の地術士。

退魔として活動する機会はあまりないが、富士山の安定は日本経済と関東一帯の安全のためになくてはならないファクターであり、

それを担う石蕗は政治的には神凪に比肩するほどの勢力を誇っている。

また、勢力圏が神凪と重複することもあって、双方の仲はあまり良くはない。

神凪ほどではないがこちらも風術を軽視する傾向にあるため、同盟するのは難しいが、

神凪と噛み合わせるにはもってこいの一族といえる。


(……他には高野山をはじめとした神道系の退魔方もそれなりに力はあるか……けどあまり派手に動いて怪しまれても困るしな……

 こっちにある程度の裁量権があればな……)


兵衛の記憶にある大神雅行や神凪頼道の放埓な振る舞いを思い出す。

下手に動いて連中に気取られるようなことがあれば、それこそ風牙自体が取り潰しになる可能性もある。


(宗主あたりに直談判して、裁量権をもぎ取るしかないか……そう簡単にくれるとは思えないけど……)


宗主自身は兎も角、その取り巻きは風術蔑視に凝り固まっているため簡単なことではないだろうが、

別に風牙衆の地位向上を願い出るわけではない。

あくまで「道具」を存分に使い潰すためのものだと連中に認識させてやればいいのだ。

もっとも、それとて簡単なことではないだろうが。

これから更に増えるであろう仕事の量を考えて思わず溜息を漏らす。


その時。


「父上、今よろしいでしょうか?」


部屋の外から流也の声がかかる。


「む、流也か?構わんが……何か用でもあるのか?」


「はい。宗家の和麻様と、大神家の操様がお越しです。」


声の調子からして、どこか戸惑っているようだ。

風牙の住む離れまで神凪の人間が足を運ぶことなど滅多にないことだから無理もないか。


「わかった。お通ししてくれ。」


そう言って兵衛は立ち上がった。








    ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆








風牙衆が神凪からあてがわれている離れは一族全員の住まいでもあるため 質素ながらもそれなりの広さを持っている。

神凪本邸の敷地内にありながら、そこを訪れたことのある神凪の術者は殆どいない。

和麻と操は物珍しそうに周りを見回しながら流也の案内を受けて兵衛の居室へと向かう。

時折すれ違う風牙の術者達はある者は訝しげな、またある者はどこか怯えが混じった警戒するような色を瞳に浮かべながらも、

表面上は慇懃に、和麻たちに道を明ける。

そんな風牙の者達の様子を、和麻と操は困惑した様子で見る。

和麻にしても、操にしても、他人から怯えの視線を向けられることなどこれまで全くなかった。

二人の困惑した表情を見て流也は苦笑いを浮かべるものの、何も言わず歩みを進める。

やがて流也は廊下の突き当たりにある部屋の前で歩みを止め、襖に向かって声をかける。


「父上、和麻様と操様をお連れしました。」


礼を言いに来たという二人を兵衛は表面上いつもどおりの慇懃な態度で迎え入れた。

和麻の一族内での扱いがどんなものであるにせよ、宗家の嫡男であることに変わりはない。

操にしても、分家とはいえ神凪一族に名を列ねる一人であり、兵衛の上位者に当たるので無礼な真似はできない。


「態々ご足労いただき恐縮です。」


そう言って深々と頭を下げる。

そんな兵衛に対して和麻と操は慌てた様子で頭を上げるように言う。


「い、いや、礼を言わなきゃいけないのはこっちの方だし。」


「礼……でございますか」


「ああ、さっき助けてくれた礼を言ってなかったからな。」


「その為に態々いらっしゃったのですか?」


表面上驚いたような素振りを見せて兵衛は言う。

ちらりと横目で流也のほうを見ると、こちらは本気で驚いているようだ。


(ま、神凪宗家の人間が風牙を気遣うなんてのは選挙の公約を守る政治家より珍しいわな。)


「ええ………それに…………」


どこか言いにくそうに操は一瞬口篭り、ややあって意を決したように切りだす。


「私達を庇ったことで分家の方々からお咎めを受けるのでは…………」


退魔業で後方支援の任務につくことが多い操は、

同じく支援任務に当たる風牙の術者が、神凪の者たちにいわれのない虐待を受けていることを知っていた。

宗主が呼んでいたというのが自分達を助けるための方便であったことを知る操は、

この事が原因で風牙の者が暴行を受けるのではないかという危惧を抱いていたのだ。

操の危惧を、しかし兵衛は一笑に付す。


「なに、問題ありませんとも。和麻様をお呼び立てしたのは宗主のご指示によるもの。…………そういう事になっております故。」


からからと笑う兵衛の、手回しの良さに和麻達は目を丸くする。


「それにしても、部屋に入られる際随分と緊張しておられたようですが?」


「あ………それは………」


言いにくそうに口篭る和麻達を一瞥し、次いで、二人を案内してきた流也に眼で問いかける。


「…ええ…と…ここに来るまでに擦れ違った一族の者たちが」


「なにか無礼でも?」


「いえ、そういう訳ではないのですが。」


そこでちらりと和麻達の方を見る。

その視線に宿る複雑な感情の色を見て兵衛にも合点がいった。

神凪の術者が風牙の離れに足を運ぶことなどまずない。

なにか用があれば風牙の者を母屋まで呼び出すのが常であるからだ。

和麻達を見た者たちは、またぞろ神凪が何か無理難題を言ってくるのでは………と勘繰ったのだろう。


「気になさることはありませんよ。神凪の方が此処にこられることなど滅多にないことですので珍しかったのでしょう。

 その者たちには厳しく言っておきますゆえ、なにとぞ御寛恕のほどを。」


婉曲な言い回しではあったが二人は兵衛が言いたいことに気づいた。

風牙衆の立場を考えれば、彼らの反応は当然といえるだろう。

普段自分たちを虐げている神凪の術者が家に突然やってくれば、警戒されても仕方ない。

そういう意味ではいきなり押しかけたのはまずかったかもしれない。

とたんにすまなそうな顔をする和麻と操を見て、兵衛は自分が気にしていないことを伝える。


「怪我の方はもう良いのですか?」


「ええ。あの後すぐ治療師の方に見せたおかげです。」


「その………ありがとう。御蔭で助かった。」


「いえ、そのような………」


(操って風牙にも敬語使うんだな………まあ神凪にしては随分と控えめな性格だとは思ってたが)


そんなことを考えていてはたと気づく。


(ん?和麻なに見てるんだ?)


和麻が見ていたのは兵衛が先程までチェックしていた依頼書の束であった。

殆どの依頼は既に完了しており後は簡単な事後処理が残っているだけだ。


「ご覧になりますか?和麻様」


そう言って書類の方を指差す。


「え………いや………部外者が見ちゃまずいんじゃ」


「何をおっしゃいます。宗家の嫡男であられる和麻様が部外者であるはずがないでしょう。」



宗家の嫡男。



その言葉を聞いて和麻は複雑な気持ちになる。

自分に神凪の嫡子を名乗る資格があるのだろうか。

確かに血筋でいえば自分は宗家の生まれであり神凪の血を色濃く受け継いでいる。


だが――――


「俺にそんな資格があるとは思えないな。俺がこの年でいまだに退魔の現場に出たことがないことくらい兵衛だって知ってるだろう?」


神凪の術者が退魔の現場に出るようになるのは分家では大抵12〜14歳、宗家では8〜10歳からになる。

当然、相手は低級な悪霊であり、大人の術者が必ず同行することになっている。

神凪一族の人間は生まれながら炎の加護を持っており精霊との感応力も非常に高い。

分家の人間であってもかなり小さいうちから精霊の召喚ができるため退魔の現場に出るのも早い。


(まあ、継承の儀で和麻を負かした綾乃は当時12歳だった事を考えれば別段無茶な話でもないか………)


もっとも、それだけの素質を持っているにもかかわらず、成人の分家術者が2流の腕前なのは怠慢が原因としか思えないが。


「和麻様………私如きが言う事ではないかもしれませんがもう少し御自分に自信を持たれては如何です?」


(まったく、原作の図太さは影も形もないな)


兵衛の見るところ和麻は風術以外でも退魔士として申し分ない素質を持っている。

体術、気の扱い、いずれにおいても和麻は一族で有数の実力を持っている。

若干14歳でそれだけの実力なのだから神童といっても差し支えないだろう。

実際、和麻が炎の加護を並の宗家の術者くらいに持っていれば間違いなく神童と呼ばれていただろう。


「気の扱い、体術、いずれにおいても和麻様は並々ならぬ実力をお持ちです。そうご自身を卑下なさらずとも」


「この年になって未だに炎一つ出すことができない。無能である証拠さ。」


「世を見渡せば炎術士でなくとも名のある退魔は沢山おりますぞ?

 地術、水術、陰陽道、古神道……和麻様は気の扱いが巧みですから、そちらをもっと伸ばされては如何です?

 それと、和麻様さえ良ければ私の書斎から妖魔について、誂え向きの書物をお貸ししますが。」


兵衛の提案に和麻は目を輝かせる。


「い、いいのか?」


「ええ。流也に書斎まで案内させましょう。」


そして流也に和麻を案内するよう促す。


「では和麻様、操様。こちらへどうぞ」


そう言って流也は和麻達を連れて部屋を後にする。







    ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆







一人部屋に残った兵衛は今後の方針について考えを巡らせる。


(さて、どうしたものかな。さっきのこともあるし和麻のほうでも風牙に悪感情を抱いてることはないと思うが)


いきなり風術を教えるなどといっても不審に思われるだろう。

それに風術は下術。

それが神凪での一般的な認識であり、炎術至上主義者である父に認められたいと考えている和麻が、風術に興味を示すとは到底思えない。


(となると、まずは外堀から。)


格闘技や気の扱いについては教えることはないだろう。


(何せ師匠は厳馬だからな。)


となるとこちらで教えられるのは戦術や妖魔に関する知識、各種武器の取り扱いについてか。

武器に関していえば神凪の人間は炎術一辺倒だし、

妖魔に関する知識にしたところで、偵察や戦力分析などを一任されている風牙のほうが豊富だろう。


(とにかく、情報の有用性と活用方法について和麻に教えとくべきだな。風術云々はその後か……)


退魔、対人戦闘における戦術に関していうなら風牙のそれはかなり洗練されている。

神凪はその強大な力ゆえに戦闘においては力押しに拘る傾向がある。

何しろ神凪の浄化の炎さえあれば碌に情報収集などせずとも妖魔討滅に支障が出ることは殆ど無い。

「黄金」の炎は妖気そのものを焼き払うため、炎の属性の妖魔であっても直撃されれば消滅は免れない。

いわんや神炎使いなど、呪詛や空間でさえ焼き払ってしまうほどの非常識さだ。

確かに、それほどの力があるなら武器や小細工など使わないほうがむしろ効率的だし、

情報がなくとも下級妖魔程度なら力押しでどうにかなるだろう。

だが、その分神凪の術者は正攻法に頼りすぎる嫌いがある。

300年前、神凪によって力の大部分を封じられた風牙衆は以来、精霊の最大召喚量の少なさを補うために様々な努力を続けてきた。

風術のみを頼るのではなく、他系統の術についても学び、近代以降は銃火器や無線通信機器の扱いについても習熟し、

術者としての力が及ばない部分をカバーしようと必死に努めてきたのだ。

そうしなければ彼らは生き残ることはできなかった。

逆に神凪は炎術士として他者を圧倒するだけの力を持っていたが故に、その戦術についてはここ数百年まるで進歩していない。

神凪一族の中では比較的開明的な考えを持っている重悟でさえそんなことは考えもしない。

千年にわたり炎術のみを鍛え、精霊王の祝福と、そこから齎される圧倒的なまでの炎の加護を恃みに退魔の頂点に君臨し続けてきた。

そう考える彼らにとって、こそこそ策を巡らすなど、弱者の証拠のように見えるのかもしれない。

しかし、ここ300年の神凪の栄華は決して炎術士のみの手によって齎したものではない。

炎術による正面決戦に固執する神凪を、影からサポートして来た風牙衆の功績は非常に大きい。


(今後は神凪に気づかれないように外部から戦力になりそうな術者を集めるか)


情報収集能力は兎も角、風牙には戦闘に長けた術者が圧倒的に不足している。

まずは、フリーランスの術者や、他の退魔方で一族から疎まれているような術者をこちらで取り込んで戦力を強化しなければならない。


(この時点では周防は重悟に雇われてないし、あとは…石蕗の紅羽とか橘の霧香にも接触したいところだけど、それは流石に目立つよな)


そして今後の基本方針が決まった。



1.和麻に対しては、妖魔についての知識などを教えながら情報の重要性を理解させることで意識改革を図る。


2.神凪との繋がりがない退魔に接触し、風牙独自の人脈を構築する。


3.神凪との関係が深い退魔の中で、一族に不満を持つ術者を懐柔し、風牙に取り込む。





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