和麻達を帰した後、兵衛は風牙の分家当主達を集めて今後の方針について話すことにした。
勿論反乱だの独立だのといった物騒なことではない。
風牙独自の人脈構築と外部からの術者の招聘についてである。
風牙衆は元々、超越者と契約を結んだ家系――――――すなわち風巻家が、
とある大名の指示の元、有力な風術士たちを集めて編成した諜報組織であった。
その大名が滅んだ後、風牙は在野に降り半ば野盗化し、最終的には神凪によって討伐され、その傘下に収まることとなった。
神凪の傘下に収まった後、風牙に属する者同士での婚姻、縁組が進み、さながら世襲形式の共同体と化し今に至る。
このような経緯もあって分家という表現は些か適切ではないのだが、
正也としては他にいいようが無いので仕方なく分家と呼ぶことにしている。
兵衛の居室には今、兵衛も含めて8人の術者が集まっている。
兵衛の斜め後ろには流也が、兵衛の目の前には風牙を構成する6つの分家の当主達が座っている。
風能家当主 風能 八衛(かぜの やえい)
瓢家当主 瓢 稚臣(ひさご わかおみ)
栄枝家当主 栄枝 慶治(さかえだ けいじ)
鷲山家当主 鷲山 常邦(わしやま つねくに)
風張家当主 風張 公恵(かざはり きみえ)
浦風家当主 浦風 汐路(うらかぜ しおじ)
兵衛は一同を見渡し、自身の記憶と照らし合わせて各当主達の性格や考え方について把握していく。
(とにかく、風牙全員の意思統一を図る必要があるな。)
神凪を良く思っていないのは全員共通だが、その度合いはまちまちだ。
神凪に押し付けられた無理難題によって使い潰された術者が多い家の中には、隙あらば神凪の寝首を掻こうと狙っている者もいるし、
逆に術者の消耗がそれほど酷くない家には早まった真似をして神凪に目をつけられたくはないという考えの者も多い。
(こいつらを納得させてもその後には神凪との交渉が……気が重いな……)
ほんの数週間前までは大学生に過ぎなかった正也は、これから一族の者達や神凪宗家と交渉していくことに思いを巡らし、
心の中で盛大な溜息をついた。
風牙の風
第3話 1994年B
「しかし、そのようなことを神凪が許しますかな?」
兵衛の話を聞いて最初の質問がこれだった。
疑問を呈したのは鷲山常邦。
当主達の中では最年長である。
既に退魔の第一線からは身を引き、妖魔関連の情報の管理や後進の教育に携っている。
「こればかりは宗主との交渉しだいだ。我らの人員不足については宗主もある程度は認識しているはずだからその線で説得するつもりだ」
兵衛が一同に話した内容は大まかに言うと風牙衆が独自に退魔士を外部から受入れ、戦力の強化を図るというものであった。
風牙は慢性的な人員不足である。
元々、神凪一族の術者がこなす依頼の事前調査、事後処理、他の退魔との折衝に加え、
時には神凪の術者の私用のために動かねばならないこともあって人員に余裕など無い。
しかも神凪の術者の理不尽な暴行や、無茶な命令によって使い潰される術者が多く術者の消耗が激しい。
風牙本来の仕事である退魔関係の情報収集任務に支障が出ないうちに人員を補充する必要がある。
そのことを伝えれば人材を引き抜く上での他の退魔との接触は大っぴらにできるようになるし、ある程度の予算も下りるだろう。
「なるほど、しかし風牙の待遇はお世辞にも良いとはいえません。声をかけたところでどれだけ集まるものか……」
「何も風牙の家に入れというわけではない。報酬を払ってこちらの手が回らないところで協力してもらう。
傭兵のようなものだ。よって風牙に組することが=神凪への隷属ということにはならん。」
「しかし…分家や長老共が承知するでしょうか?風術士などに金を回すくらいなら、
自分達の遊興費に充てたほうが有益だと本気で言うような連中ですよ?」
辛辣な物言いは瓢稚臣のもの。
ここ十年の間に3人の術者を潰されている瓢としては神凪憎しの感情は相当なものである。
自然言葉にも棘が混じる。
稚臣の言葉に栄枝、浦風の当主達も同意だと言いたげに頷きを返す。
「わかっておる。この話については宗主に直接もっていくつもりだ。」
「しかしですな……そのようなことをしては取り巻き連中から睨まれるのでは?」
「フン、その程度のリスクを気にしていては何も出来んよ。
それとも諸君はこのまま術者をすり潰してジリ貧になったほうが良いとでも言う積もりかね?」
兵衛は各当主達を睨めつける。
(手が足りないなら他所から手を尽くして引っ張ってくる。集められる戦力は可能な限りかき集める。
基本中の基本だろうに………神凪が絡むとどうにも恐怖が先に立つようだな。)
ある程度予想はしていたがやはり風牙全体に根付いている神凪への恐怖心は相当なもののようだ。
このような状況に置かれていてさえ分家の当主クラスが神凪の反応を恐れて人集めを渋るのだから。
しかし兵衛としては風牙を強化するためにもこの案件は通さなければならない。
「形としては他の退魔に風牙が独自に協力を仰ぐということになる。
よって、この件で神凪が他所から借りをつくる事にはならん。
多少金は使うことになるが神凪にしてもこのまま風牙を使い潰すよりは利のある話だ。
少なくとも宗主はそう考えるだろう。」
兵衛はこのままでは風牙衆全体が取り返しのつかないところまで弱体化し、
神凪に切り捨てられることになるということを暗に示唆して各分家の当主達に翻意を促す。
どちらにしろ風牙の人員不足については何とかしなければならない。
通常の退魔業に関してのみ云うのであれば今の状態でも問題はないが、
その他の雑務も並行してこなすのでは遠からず人材が払底することになる。
雑務の部分を神凪がいくらか受け持つのであれば話は別だが、そんなことをする連中でないことくらいここにいる全員が理解している。
「関東一帯で活動しているフリーランスの術者に声をかける。浦風、貴様がやるのだ。」
「承知いたしました。」
「暫く浦風には人集めに専念してもらう。浦風が受け持っていた仕事は他の家で分担してもらうことになるが……」
現時点での、各分家の稼動要員数を思い浮かべる。
瓢はこないだ一人神凪の莫迦に病院送りにされてるから……当主含めて3人か。
風張は最近当主が交代したばかりだから色々ごたついてるだろうし…………他の3家だな。。
「風能、栄枝、鷲山で分担してやってもらう。良いな?」
「「「はっ!」」」
「退魔方との交渉はわしがやる。宗主の許しが出るまでは浦風も通常の仕事をやっておれ。」
そう言って兵衛は会議を終わらせた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
当主達が退室するのを見届けた後、それまで一言も発せずに座っていた流也に声をかける。
「流也よ……」
「はい、父上。」
「お前にも幾つかやって貰いたい事がある。」
そして心持ち声を低くして言う。
「用件を言う前にまず確認しておきたいのだが、現在わしら二人以外にこの会話を聞いている者はいるか?」
兵衛の問いかけに、流也は眼を閉じ、風の精霊たちの声に耳を傾ける。
これから流也に頼む内容は、場合によっては神凪に対する叛意と取られかねない。
原作で叛乱を起こすことに反対して、兵衛によって傀儡にされた術者がいたことを考えると、今の段階で他の術者に知られるのはまずい。
盗聴器に関しては会議の前に調べてあるが、風術による盗聴がされていた場合兵衛では見落とした可能性もある。
神凪と違い風牙では、頭領である風巻家とその他分家の力の差はあまり大きくない。
風牙の神を封じられ、力の大半を奪われている状態では精霊との感応力が僅かに上といった程度である。
実際、分家の術者の中には兵衛より風術に長けた者も少なからずいる。
流也は現時点において風牙最高の風術士であり、
もし仮に、分家の者がこの会話を盗み聞きしているようならたちどころに知ることが出来る。
「……………………いえ、精霊たちは静かなものです。この部屋に盗聴器でも仕掛けてあれば別ですが。」
それを聞いて兵衛は頷きを返す。
「そうか…盗聴器に関しては会議の前に調べてある。では用件を話すが……一切他言は無用だ。」
「……はっ」
流也は心持、居住まいを正す。
「お前には神凪の動向を探って欲しい。」
「神凪の動向……ですか。何か気になることでも?」
「そうではない。今後我らが独自に動く際、横槍を入れられたくないのでな。連中の動きはこちらで把握しておきたい。
何か大きな動きがあればわしに直接知らせよ。それと、資金の流れも監視しておくようにな。」
「それは構いませんが……問題にはならないのですか?」
「だから他言無用と言ったのだ。神凪の連中に盗聴などという気の利いた真似ができるとは思えんが……まあ、念のためだ。」
「わかりました。」
神妙な表情で流也は頷いた。