1995年1月15日 16:24

兵庫県 神戸市



 午前5時46分の本震と、その後数度の余震によって港湾部が壊滅し、道路網も至るところで寸断される中。

 神凪からの応援部隊はヘリを利用することで、どうにか日暮れ前に現地に到着した。

 既に現地では、大型輸送ヘリ・輸送船舶を活用した、自衛隊・警察・消防による救援活動が行われている。

 神凪の応援部隊は、道中で二手に分かれ、大神雅人を中心とする炎術師6名・風術師6名からなる隊は淡路島に。

 四条岳彦を中心とする炎術師8名・風術師4名の隊は神戸に直行することになった。




神戸担当

四条家3名(四条岳彦、四条圭、四条透)

永峰家2名(永峰慶子、永峰湯馬)

結城家3名(結城廉也、結城慎吾、結城慎二)

風術師6名。



淡路島担当

大神家2名(大神雅人、大神武哉、)

樋上家2名(樋上啓輔、樋上勇介)

久我家2名(久我修一郎、久我修二)

風術師4名。




































風牙の風

第13話 1995年A




































兵庫県。神戸市。



 神凪・神戸救援部隊が現地に到着して間もなく。風牙衆は流也の指揮下、勇躍、対妖魔の索敵行動を開始した。

 既に現地には、高野山から派遣された法力僧たちが展開しており、妖魔との戦闘においては彼らの援護が期待できる。

 そして万一、彼らの手に負えないような大妖が現れた場合には、救援拠点にて待機する神凪厳馬が対応する手筈になっていた。

 充分な後方支援体制があるとなれば、彼ら風牙の行動は素早い。

 直ちに二人一組・計5班が編成され、被災地内に存在する寺社、あるいは妖が封じられていると見られる史跡への調査活動が開始された。


「救援拠点付近のポイントから順に当たります。」


 流也は居並ぶ風術師達を前に、一言命じた。


「言うまでもありませんが、住民の安全が最優先です。妖魔との直接交戦は可能な限り避け、被災地域の状況把握、封印の状況確認を最優先するように」


 単純な戦闘能力でいえば、風牙衆より優れた術者はいくらでもいる。

 第一、この場で風牙に求められている役割はそんなものではない。

 そして、特に最優先調査対象とされたのが、神戸市内の寺社8箇所だった。

 人口過密の市街地内……それも災害によって混乱している中に、封じられていた妖が解き放たれるような事になれば、大惨事になる。


「各位、受持ち範囲の調査が完了次第、直ぐに四条岳彦様の元に向かい、指揮下に入るように。妖魔、及びその封印に関する情報は絶えず共有するので呼霊には 注意してください」


 風術師たちは黙然と答礼した。


「なお、途中で他の退魔からの援護を要請された場合はこの限りではありません。年配の術者の判断で適宜行動するように。では各位、行動を!」

 
 流也の指示を受け、各地へと風術師が散っていく。






    ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆






兵庫県 神戸市
王子公園内救援拠点


 神戸市内においては既にダイエーに代表されるスーパーが飲料水の手配など、24時間営業を行っており、救援拠点として機能を始めていた。

 これを民間サイドの救援拠点とするなら、国側が立ち上げた救援拠点が此処、王子公園だった。

 救援物資を満載した輸送ヘリが次から次に飛来しては物資を下ろしていく。
 
 そして、公園内には救援物資と、火災などの二次災害から逃れてきた被災者達でごった返していた。


「……見ておれんな。我らもこのような所で油を売っていないで、妖魔どもの討滅に参加すべきではないか?」


 被災者達を眺めつつ、憮然と洩らす厳馬。


「まあ落ち着きなされ。厳馬どの」


 それを作務衣を着た老人がまあまあと窘める。


「万一、封じられし大妖が解き放たれた場合、若い者達では手に余りましょう。いざという時の予備戦力として此処は自重していただかなくては」


「…………州崎特級神職」


 神社本庁より退魔師を率いてきた老神職の言葉に、厳馬は口を閉ざす。

 最初、現地に到着した厳馬は自ら炎術師たちを率いて妖魔の掃討に乗り出すつもりだった。

 それを止めてくれたのがこの老人だ。

 州崎正吾。

 神社本庁においても数えるほどしか居ない神職最高階位たる『浄階』を持つベテラン退魔師だ。

 そこらの若造の言うことなら兎も角、この老人に理詰めで諭されたのでは厳馬といえど我を押し通すわけには行かなかった。

 州崎老人の言い分に理があることも、当然理解している。
 
 しているのだが、やはり幼い頃より、常に現場で魑魅魍魎と相対してきた厳馬とすれば、どうしても割り切れないものがあった。

 この辺りが、厳馬の指揮官としての短所だった。まあ、これは勇敢で部下を率いるカリスマ性があると言う美点の裏返しでもあるのだが。
 

「………それにしても此度の騒動……タイミングが良すぎるとは思われませんか?」


 顔を顰めながら、州崎老人に問いかける。


「おや、何かの作為が働いているとお考えで?」


「可能性の問題です。この国では天災など然して珍しいものではない。封印の破綻も一箇所や二箇所なら有り得ましょうが、一度にこれだけの妖魔が解き放たれ ると言うのは異常だ」


「関東大震災でも似たようなことがあったと記憶していますが……いや、確かあの時くびきを逃れたのは大妖一体のみでしたか」


「ええ、今回とは全く違うケースです」


 厳馬の父の代。頼道の若かりし頃の話だ。

 伝聞以外で厳馬に知る術は無かったが、それでもある程度の情報は入ってくる。


「………わかりました。此方でも一度調べてみましょう」


「助かります」


 と、その時。


「ちょっとアンタ等!」


「「む?」」


 突然、後ろから乱暴に声をかけられて、思わず振り向く二人。

 そこには汗だくになったボランティアらしき青年が怒ったような顔をして立っていた。


「そんな道の真ん中に突っ立ってたら、人が通れないじゃないか!ほら、退いた退いた!」


「い、いや、我々は…」


 妖魔退治など、一般人に理解できるものではない。

 彼らから見れば、此処に突っ立っている厳馬たちは物見遊山に来ている暇人にしか見えない。

 そして、厳馬達が実際に何かしていたわけでもなく、青年の文句に言い返すことが出来ずに道路脇に退かされてしまう。


 厳馬の視線の先で、自衛隊員が、火傷を負った被災者を担架で運んでいく。

 またある所では、ボランティアの青年達が炊き出しを手伝っていた。

 対妖魔の予備戦力とはいえ、こうやって人々が汗して動き回る中、自分ばかりが手持ち無沙汰と言うのは厳馬も少しばかり居心地が悪い。

 
 神凪の一般術者から見れば、それこそ目を剥くような無礼だが。

 文句を言われた二人も自覚はあったのか何も言い返せず、居心地悪げに退いた。







    ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆







兵庫県 神戸市灘区



 封印の頚木を逃れた妖魔は、下級妖魔を中心に膨大な数に及んだ。

 上級クラスの大妖が含まれなかったのは幸いと言うべきだろうが。

 必然と言うべきか、人間側は寺社の集中する地区を囲い込むように退魔師を配置。

 封印から毀れ出てくるものを片っ端から撃破していく。




 四条岳彦

 四条圭

 四条透




 灘区周辺に張り巡らされた結界の影響で、妖魔は侵攻ルートを制限されていた。

 必然、結界の穴と言えるポイント目掛けて殺到。

 待機していた四条家3人組と交戦になる。


「これでは限がないぞ」


 憮然と呟きながら、火球を放って下級妖魔を次々に焼き払う四条岳彦。

 背後では息子達が、大挙して押し寄せてくる妖魔の大群に色をなくしつつも炎を放って浄化していく。


「父上、やはり封印の再構築を行わねば無理があるのでは?」


殆ど生ける砲台と化して炎弾を撃ちまくる岳彦に、圭が問うた。


「何処の封印かが分からねば向かい様がないだろう」


「風牙衆からの情報待ちですか」


「場所が分かり次第、法力僧が中に入って結界を再構築する。その際護衛するのは我々だがな」


「こ、この中に入るんですか?」


「仮にも四条の家督を継ぐ者が怖気づいたか?」


「い、いえ…」


 そう言いながらも顔色の悪い圭、透。

 神凪では退魔師同士でチームを組む場合、同じ家の者同士で纏まる場合が多い。……あるいは同年代同士か。

 仲の良い同年代同士なら連携がとりやすく、また、同じ家の者同士なら指揮系統の面で問題が生じにくいと言う点で理に適っていた。

 ふと、背後から気配を感じる。

 
「四条様」


「なんだ?」


 女性の声。

 振り返ると、若い女が立っていた。

 霊符らしい紙切れを数枚持っている。陰陽師だろうか?


「六甲山霊泉の封印破孔が発見されました。至急お越しを」


「分かった。しかし此処を放置しても良いのか?」


「此処の守備はこの者達が行います」


 複数の気配。

 高野山系の退魔師らしい。


「分かった。ついでに此処も少し掃除していこう」


 そう言うや否や、岳彦は弾かれるように動き、妖魔たちの中に飛び込んでいく。

 ギョッとする退魔師達。

 次の瞬間。岳彦の周囲が熱気に揺らいだかと思うと、彼を中心に大爆発が起こり、周囲に居た妖魔十数体が纏めて吹き飛んだ。

 暫くして爆煙が晴れると、何事も無かったかのように岳彦が戻ってきた。
 

「では後は任せるぞ」


「……自爆でもしたのかと」


「なんだと?」


「い、いえ、何でもありませんわ、ホホ」


 わざとらしい誤魔化し笑いを浮かべる女。

 岳彦はというと、女の言い草に、額に血管を浮かべて顔を引き攣らせている。


「……陰陽師のようだが、橘の者か?」


「ええ、しがない分家ですが?」


「一応、名前を聞いておこうか」


「名乗るほどの者では…………………………橘霧香と申します」


「そうかね。その名前しっかりと覚えておこう」


 厭味ったらしく言うと、岳彦は息子達を連れて踵を返した。





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