“人”と“徒”の戦い。

それは古くから、人知れず行われてきた。

しかし、文明が発達し、移動手段が、情報通信技術が飛躍的な発展を遂げた20世紀に入って以降。

その戦いを人々の目から隠蔽することは難しくなった。

世には人が溢れ、街には人工の光が溢れ、最低限“封絶”を使いこなす自在師でなければ、人を喰らうことも、“徒”を討滅することも、おいそれとはできなく なった。

そのような中…

世界の異変に気づいた幾人かの人間は、そして現代社会にいち早く順応したフレイムヘイズは、この時代に適した新たな戦い方を身につけた。

それは“情報”

それは“組織”

彼らは立ち上げた。

『仮装舞踏会』に代表される“徒”の軍勢に抗するための、そしてフレイムヘイズたちを資金面で、情報面で支援するための組織を。

しかし、世界の闇を知らぬ人々にそれを知る術はない。

それは御伽話・作り話としての認識しかないからである。

話を日本に移そう。

日本にも組織があった。

その組織は一つや二つではなかったが、第二次世界大戦とよばれた人同士の大戦の後、その数は激減した。

殆どが戦火の中で、組織として存在を維持出来なくなり、消えていった。

しかし、全てが消えてしまったというわけではない。

彼等は残っていた組織を統合し、運営を始めた。

―――人の世の『歩いていけない隣』より来る“紅世の徒”に抗するために……




































灼眼のシャナ 存在なき探求者

第7話 動き出す者達




































高層ビルの最上階。

そのフロアの半分近くを占有する広大な会議室。

広々とした室内の一角で、2人の男が言葉を交わしていた。

その表情には重苦しい緊張の色が伺える。

スーツに身を包んだ初老の男が、ゆっくりと口を開く。


「“狩人”とは……な、厄介な相手が現れたものよ。」


書類を捲くりつつ、ソファに深く腰掛けた男が重々しく呟く。


「奴はいつ日本に?」


「3日前、中部国際空港より入国が確認されました。国籍・身分はルーマニアの起業家のものを使用したようで…恐らくは」


「偽装…か。それで、情報の出所は?」


「アルベール・クレツキー氏、クーベリック財団の上席理事です……」


「―――――――――ふん、“楽団”か」


男は言葉を切り、老人は黙したまま数瞬の間が空いた。

やがて、男が口を開く。


「今し方届いた財団本部からの通達に拠れば、“狩人”の日本入国に伴い『仮装舞踏会』の極東分子にも動きが見られると―――」


「ほう?」


老人の眉がかすかに動いた。


「かの“王”が“仮装舞踏会”の意を受けて動く兆候はございませんが…」


「当面は監視に留めよ…きゃつの現在位置は御崎市だったな?」


「はい。」


「厄介なところに入り込んでくれたものだ」


老人の嘆息めいた呟きに、男の表情が微かに動く。


「彼の地に住まうという“究理の探求者”…ですか。我が部内にもその存在を危険視する者はかなりおりますが」


「我らに敵対するわけでも、人を喰らうわけでもない。……ならば捨て置けばよい」


「では」


「狩人に関しては、当面は御崎周辺の部隊を増員するに留めよ。……次いで各戦団より戦力を抽出し本部に配備するのだ。

 仮装舞踏会への警戒は怠るわけにもいくまい」


「先日御崎にて確認された炎髪灼眼については」


「当面は捨て置け。我らとて戦備が整わねば碌に動けぬ」


「――――――承知しました。」


報告に来た男は新たな命令を携え、一礼して部屋を後にした。

会議室に静寂が戻り、

後には、初老の男一人が残された。

やがて、ひとりごちるように口を開く。


「『探耽究求』『狩人』『炎髪灼眼』……」


それは何か理屈ではない。

理解できぬものに対する、言い知れぬ漠然とした不安。

そして目を閉じる。


「此の世ならざるものを引寄せる何かが、あの街に在るとでも言うのか……」


その呻きは誰の耳にも届くことはなく、闇に反響して、消えた。






    ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆






「それじゃ、そろそろ出かけるかな」


居間で夕食を済ませた悠二は、そう言って席から立ち上がった。

テレビを消して机に置かれた食器を片付け始める。


「ええ?もう9時ですよ、夜中に遊び歩くなんて不良ですよぅ」


「大げさな……大体遊びに行くわけじゃないし」


ポリポリと頭を掻きながら、悠二は答えた。

流石に狩人とやり合うつもりは無いが、それ以外の雑魚くらいなら戦ってもいいと感じている。

今朝の情報が正しければ封絶もまともに使えないような新参―――紅世より渡り来て間もない連中がうろついてるらしいが、

ああいった手合いはこの世に違和感を撒き散らすという意味では“狩人”のような“王”よりも、ある意味始末が悪い。

そして人目に付く場所で存在を喰らうことができない連中は大抵は夜。それも人気の少ない場所を選んで人を喰らう。


「こういうのは本来フレイムヘイズの仕事なんだけどな」


とはいえ、この街にフレイムヘイズが滅多にやって来ないのは、自分が外界宿に頼んで情報を差し止めてもらってるからなので、

文句を言えた義理ではないかもしれない。

ハア、と溜息をついて悠二は階段を昇って自分の部屋に入っていった。


「まずは着替えないと…」


悠二が家を出たのはそれから十分後だった。








    ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆









住宅街の片隅。

そこでは既に戦いが始まっていた。

人通りの途絶えた路上にて対峙する影が二つ。

その一方はマヨネーズのマスコットキャラを思わせる、ずんぐりした風体の異形。

対するは黒衣を纏った少女。その手には小柄な少女には不釣合いなほどに長大な大太刀。

夜の帳が落ちたベッドタウンを月明かりが薄っすらと照らし出す中。

少女は無言で大太刀の鯉口を切った。


カチリ――――


鞘と刀身がぶつかる音。

図らずもそれが開戦の合図となった。


「ブガハァァァ!!!」


異形の口がガパッと開き、そこから薄白い炎の渦が解き放たれる。

ほぼ同時に少女が抜刀し、地を蹴った。


「―――ハッ!」


一瞬にして間合いを詰め、銀色の一閃。

大太刀が振るわれ、少女を押し包もうとしていた炎は剣閃に切り裂かれたように霧散した。

そのまま踏み込み、更に一閃。

同時に異形の怪物が上下真っ二つに両断されて地に転がった。

しばらくするとその屍骸からは炎が吹き上がり、燃え尽きてしまう。


「クッ…」


異形を圧倒して見せた少女は、しかし辛そうな表情で微かによろめく。


『ふむ、体力の消耗が激しいな。そこの公園で少し休め』


少女の首に下がっているペンダントから野太い男の声が響く。


「大丈夫よ……このくらい……」


『無茶をするな。“狩人”との一戦で受けたダメージを回復するのが先決だ』


「…………」


窘められて少女は悔しげに俯いた後、とぼとぼと公園に向かって歩いていった。

その足取りは重く、少女が纏う漆黒のコートは所々焼け焦げていた。







    ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆







部屋の隅に置かれた本棚。その脇に目立たないように取り付けられたレバーを引く。

がしゃん、という音を立てて本棚がスライドし、クローゼットが露になった。

その中から黒のコートと一振りの長剣、それから幾つかのこまごまとした品を取り出し、床に放る。

目当ての物を全て取り出したと確認してから再び戸を閉め、本棚を元の位置にスライドさせた。


「我ながら怪しげな格好だよ……」


もとは父が使っていたコートなのだが、余りにも渋すぎて高一でしかもかなり童顔な自分が着ると扮装のように見えてしまうのだ。

丈夫で実用的なことからよく使ってはいるが、正直なところ、あまりこれを着て人前に出たいとは思わない。

悠二はトホホ顔でコートを纏い、クローゼットから取り出した幾つかの品物をポケットに納めていく。

最後に長剣を目の前に掲げた。


「流石にこんなモン持ち歩いてたら……補導どころじゃ済まないよね」


引き攣った笑みを浮かべながら頭一つ振って、剣をクローゼットの中に再び仕舞いこむ。

真夜中に剣を持って街中を徘徊する自分の姿を想像してしまったらしい。確かにかなり嫌な構図である。


「ふう、それじゃ行きますか。」


軽く肩を鳴らして、悠二は階段を降り、玄関まで着てから一度立ち止まった。


「留守番は任せたよ。あと、電話が鳴っても取らないように」


「はい。いってらっしゃいませー」


居間から聞こえてくる間延びした響子の返事を背に、悠二は夜の街に繰り出した。





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