「ん?……この感じは」
どことなく覚えのある“存在の力”を感じ取り、悠二は足を止めた。
吸い寄せられるように、夜の公園に目を向ける。
「あれは今朝の…」
驚きに目を見張り、悠二は新御崎公園に足を踏み入れた。
灼眼のシャナ 存在なき探求者
第10話 偶発的遭遇
数分前。
日の落ちた公園にて、少女は再び異形と相対していた。
疲労困憊した少女に対し、異形は3体。
いずれもマネキン人形のような無機質な身体をしたヒトガタをしていた。
1対3。
不利は明らかであったが、少女が全身から発する闘気とも呼ぶべき気迫は全く衰えることがなかった。
「しつこい奴等ね」
大太刀を正眼に構え、呟くように言う。
少女の声が戦いの合図となり、マネキンたちは一斉に、その華奢な身体に似合わぬ凄まじい加速で少女に殺到した。
少女は冷徹な視線でマネキンたちを見据え、同時に、右手を振って刀の切っ先を鋭く後ろに流す。
間髪いれず左手で柄の端を握り、さながら引き絞られた矢の如く、腰を落として構える。
斬ッ!
マネキンのうち一体が大太刀の間合いと重なった時、大太刀は振りぬかれていた。
刀身の描く軌道に合わせて、マネキンの上半身と下半身が分離していく。
同時に刀から吹き上がった紅蓮の炎は、近くにいたマネキン1体も纏めて爆砕した。
「っく…!」
倒した相手には目もくれることなく、少女は刀を振るった勢いをそのままに、
右から突っ込んできたマネキンに蹴撃を叩き込んで吹き飛ばした。
蹴り飛ばされた人形は、そのまま公園の噴水に激突して、動かなくなった。
やがて、その全身から炎が吹き上がり、跡形もなく燃え尽きてしまう。
それを見届けた少女は刀を杖代わりに荒い息をつきながら暫くジッとしていた。
と、その時。
ガサッ……
「ッ!…誰!?」
背後から聞こえた葉鳴りに、少女は弾かれたように振り返る。
それは先程倒したものと同じ姿をしたマネキンだった。
だが、少女の本能は警鐘を鳴らしている。
「これじゃ、休めないわね」
嘆息するように一人ごちる。
大太刀を再び構え、それと同時にマネキンも少女に向かって走り出した。
(これなら…いける!)
踏み込みと同時に、斬撃を繰り出す。
それは少女にとって必中の間合い。
だが。
斬撃が当たる直前、マネキンの姿が少女の視界から掻き消えた。
(…………え?)
少女の思考が一瞬停止する。
僅か一瞬、しかしそれは人外の戦いにおいては致命的な隙。
次の瞬間、少女の視界を炎が埋め尽くした。
「ぐ、あうっ!!?」
爆風と炎が華奢な身体を叩き、少女は地面に叩きつけられた。
「……ぁ……く……っ!」
(マネキン、は…囮…?)
意識が朦朧とする中、公園の茂みの中からマリオネットを持ったピエロの人形が歩いてくるのが見えた。
気を抜くと意識が飛んでしまいそうなほど激痛に苛まれながら。それでも気丈に己の敵を見ようとする。
その時。
「遠隔操作型か……また手の込んだシロモノを」
男…いや、少年の声が聞こえた。
何処かで聞いたことがあるような、そんな響きの声。
「敵を増やしたくはないけど……流石に、幼女が嬲り者にされてるのを見捨てたんじゃ、ね」
寝覚めが悪すぎる、そう言って少年は懐から装飾の施された短剣を取り出した。
それを―――地に突き立てる。
ヴゥゥゥゥゥーン――――――
奇妙な音が辺りに響き、周囲の空気が歪む。
異変を感じ取ったのか、ピエロの人形は僅かに後ずさった。
ただの人形に見えるが、ひょっとすると意思を持っているのだろうか?
「まあ、どちらにしろ――――」
少年――――悠二が呟く。
その時、公園内の茂みがガサガサと動き、そこから何体ものマネキンが現れた。
ピエロの前に、まるで主を守ろうとするかのように立ちふさがる。
それを見て悠二は僅かに首をかしげた。
「指揮官機……ってトコか。しかし数が多いなぁ」
軽い舌打ち。
それらに軽く視線を這わせ、それからグロッキー状態の少女に走り寄った。
近くにいたほうが守りやすいと判断したからだが、マネキンたちはそれを阻止しようと悠二に襲い掛かる。
「邪魔!!」
進路上に躍り出てきたマネキンの頭を前蹴り一発で打ち砕き、そのまま少女を抱えあげ飛び上がった。
近くにあったジャングルジムを足場に更に高く飛び上がる。
「……『封絶』も展開されてるようだし…少し派手いくかな」
呟き、地に刺さった短剣に向けて存在の力を大量に送り込む。
力を得た短剣は怪しい薄緑の燐光をどんどん強めていき、
「散布界は封絶内限定…『開放・第T階梯』」
瞬間、公園が“歪んだ”。
熱せられた空気が陽炎で景色を歪めるように、短剣が刺さった地点を中心に空間の歪みが加速していく。
そして、世界が弾けた。
大爆音。
耳を劈くような爆発が響き渡り、封絶が張られていた公園内を一撃で、文字通り跡形もなく消し飛ばした。
爆風に紛れて、薄白い炎の塊が薄緑の炎に押し潰され、流されていった。
やがて炎混じりの煙が晴れ、かつて公園が存在したらしい更地が姿を現した。
「我ながら派手にやったなぁ…」
慨嘆するように呟き、フッと、吐息を吐いた。
それは薄緑の波紋となって付近を舐めていき、
同時に付近を燻っていた炎が寄り集まって、かつてそこに存在した『公園』を再構築していく。
「これでよし。後は…」
そう言って脇に荷物のように抱えた少女を見下ろした。
ぐったりと気を失っている。
ふと、少女が胸に下げているペンダントが目に付いた。
「神器…だよね。まさか契約者の“王”まで気絶してるってことは…」
『ある筈がなかろう』
「うぉわっ!?」
突然話しかけられ、悠二は少女を取り落としそうになる。
『貴様……一体何者だ?その炎の色は…』
「調べたければ御自分でどうぞ。それより、礼の一つぐらいあっても罰は当たらないと思うけど」
『む…』
押し黙る神器。
悠二は気を失った少女をベンチに寝かせると、その額に手を当てた。
掌が薄っすらと光り、やがて消える。
暫くすると、青褪めていた少女の顔色に血色が戻り、安らかな寝息を立て始めた。
神器から、驚いたような気配が伝わってきた。
『貴様が何者か疑問が尽きぬが……この件に関しては…感謝しておく。』
「あまり礼を言われてる気がしないけど、まぁいいか。」
その尊大な礼の言い方に悠二は顔を引き攣らせたが、まぁ話し方一つに拘泥しても仕方ないと思い直す。
「ところで、この子どうする?よければ、割と安全に休める場所を紹介するけど」
『危害を加える意思があるのなら…』
「わざわざ助けたりしないね」
『……で、あろうな。』
気難しげな様子で呟き、そのまま暫く神器は何か考え込むように押し黙った。
やがて…
『……その好意を容れよう。我としても貴様の正体には興味がある。』
もっとこう、普通に「ありがとう」と言えないのだろうか?
そんな事を思いながら、悠二はすやすやと寝息を立てる少女を再び抱えあげた。
―――ふにょっ。
「………」
『頬が緩んでますよ』
それまで黙っていた教授がボソリと言った。
「うるさいな」
『まぁ……火遊びもいぃいですが程ほどに』
「人を危ない人物みたく言うな!」
まあ確かに。夜の公園で黒コートの男が気絶した幼女を抱えてれば…変質者にしか見えないかもしれないが。
しかし、よりにもよって教授に自制だの何だのについて説かれたくはない。
言ってる本人が一番非常識なんだから。
「じゃ、“封絶”は解くよ」
そう言って右手を軽く翳す。
同時に公園を覆っていた薄緑色のドームが空気の中に溶けるようにして消え去った。
「それじゃ、うちに帰ろうか」
そう言って悠二は周囲に目撃者がいないかどうか確認し、薄緑の火の粉を舞わせて姿を消した。