存在の力。


それは此の世の根幹を成す力であり、あらゆる生物はこれなくして存在し得ない。


そして全ての生物は、生まれながらにして其の力の総量を定められている。


―――――――――では其の力を自在に生み出すことができたとしたら……




































灼眼のシャナ 存在なき探求者

第11話 テイクアウト




































無人のビルの屋上。

明かりの消えたビジネス街を見下ろすように、一人の男が立っていた。

身に纏う純白のコートが夜風に靡く。


「馬鹿な。全滅だと…」


唸りにも似た呟きが、口から零れ出た。


「信じ難いな…既に相手が手負いであることも考えれば、充分な戦力であった筈」


男の眼牟は鋭く、川向こうの住宅街を見据えている。

その時、男の背後に火の粉が舞い、一人の女性が出現した。


「御主人様…」


「マリアンヌか…どうだったね?」


「配下の燐子で生き残ったのは3割……手持ちと合わせて稼動は6割程度です」


「そうか」


男――――フリアグネは従容とその言葉を受け入れた。


「一夜にして半数近く手駒を失うとは、ね」


「『炎髪灼眼』の力…読み違えていたのでしょうか?」


「いや…あのお嬢さんはずっと私の相手をしていた。やったとするなら別の者だろう。恐らくは―――」


言いかけて、突然フリアグネは言葉を切った。


「誰か」


振り返り、屋上の誰もいない一角に向かって話しかける。


――――――――――――御困りのようですな、『狩人』殿。


誰もいない空間が一瞬震え、突如として声が聞こえた。

からかう様な声に、フリアグネは眉を顰める。


「君か…一体何のようだね」


――――――――――――我が主からの『贈物』を届けに参った次第。


「……以前にも言ったが、君らに組するつもりは無いんだがね。見返りを期待されても困るが」


――――――――――――見返りなど……貴殿の大願、その一助と為されば宜しい…それこそが我が主の願い。


くぐもった笑い声が辺りに響き、それきり声は途絶えた。

フリアグネは暫くの間、声が消えた方向を睨んでいたが、やがて視線を外すと、

いつの間にか地面に無造作に置かれていた硝子の小瓶を手に取った。


「これは」


両手に収まるサイズの、精巧な装飾が施された小瓶を両手で慎重に持ち、眇め見る。


「これは…宝具か?だがこんな物は…」


ブツブツと何か呟き、やがて顔を上げる。


「まあ、いい。」


使えるものは須らく利用するまで…

フリアグネは呟くと、その足をビルの中に向けた。








    ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆










「流石に草臥れたな…」


悠二は少女を担いだまま坂井邸の門をくぐった。

空いている手でドアを開け、そのままリビングに向かう。


「ああ、おかえりなさ――――」


ソファに腰掛けてテレビを見ていた響子は入ってきた悠二に振り向き、彼が担いでいる少女の姿を見て絶句した。


「…………」


口をパクパク動かしながら目を見開いて立ち尽くしている。

そんな彼女を努めて気にしないようにしながら、悠二は少女をソファの一つに寝かせた。


「ゆ――――」


何か言おうとする響子を目で黙らせ、話は外で、とばかりに顎をしゃくって廊下に出るよう促す。

そのまま二人揃って廊下に行き、ゆっくりとドアを閉めた。


「………ふぅ、それじゃ質問タイム。」


言った途端、それまで黙っていた響子が泡を食ったように詰め寄ってきた。


「ゆ、ゆ悠二さん!?あ、あれってまさか今朝遭遇したっていう…」


「そ、『炎髪灼眼の討ち手』。…いやまさか、一日に二回も出くわすとは思ってもみなかったけど」


パニック寸前の響子をどうどう、と宥めながら悠二は答える。

まあ彼女が燐子であることを考えれば当然の反応ともいえるが。


「なっ!なんて物騒な人連れてくるんですか!?目を覚ましたら殺されますよ!?」


殆ど半泣きで詰め寄ってくる響子に、少し悪いなと思いながらも事の次第を説明する。


「い、いや、公園で偶然ばったり会っちゃってさ」


せ、説明?


「会っちゃってさ…って…それで、何処を如何やったら寝てる彼女をウチに連れ込むことになるんですか!?」


「連れ込むって…言い方が不穏当じゃないか?」


「悠二さんがやってることの方が余程不穏当です!!」


いつに無く押しが強い響子に、悠二は思わずたじろいだ。

宙に視線を泳がせながら何か巧い言い逃れは出来ないものかと考える。


「“徒”―――じゃなかった、燐子か。燐子に襲われてるところを助けたんだよ」


「へぇ、そうですか」


何故か冷たい目を向けてくる響子。


「…な、なにその白い目は」


「いえ、別に。女の子には随分と御優しいことで」


諦めにも似た溜息をついて、響子は悠二から視線を外した。


「それで、彼女を如何するんですか?」


「どうもしないよ。一晩泊めるだけ……まあ一応、契約者の『天壌の劫火』とは一時休戦を取り決めてあるから滅多なことは無いでしょ」


「信用できるんですか?」


「……………多分。」


う〜…と不満げな唸り声を上げる響子だが、結局は主の意向を尊重することにしたらしく、

不承不承といった体で首肯した。

響子が納得したのを見て、悠二は微かに安堵の息を漏らした。



「ま、まあ泊めるといっても一晩のことだから…」



なんとか我慢してくれ…と続けようとして、突如、悠二の身体が揺らいだ。

ぐらり、と床に崩れそうになるのを響子に抱きとめられる。


「ちょ…悠二さん!?」


小さく呻き声をあげ、


「……っ…さっき大技を使ったせいかな。身体が重い」


『いぃーまさら何言ってるんですか。“炎髪灼眼”に力を注ぎすぎたからですよ』


「……こりゃ0時まで地獄だな」


疲れたように首を振る。


『自ぃ分を削ってまで助ける必要など無ぁーいでしょうに』


「仕方ないだろ…あそこで見捨てたら寝覚めが悪すぎる」


そうは言いながらも、大盤振る舞いしすぎたと少し後悔してたり。


「あー、それじゃもう寝るから、後で居間の彼女に毛布なり何なり掛けといて…」


そう言って悠二は響子の返事も待たずに部屋に戻っていった。

2階に上がる階段に足を掛けたとき、不意に、教授が話しかけてきた。





――――――『情け深いのは良いですが、それが報われるとは限りませんよ?』




――――――わかってるよ。




――――――『フレイムヘイズとは、とどのつまり復讐者』




――――――僕もその対象、か。けどな…小さな女の子だぞ?あんな小学生くらいの…




――――――『身内を失った者にとって、年齢など大した問題ですか?』




――――――…そうだな。でも納得は出来ない。




――――――『難儀な性格ですねぇ』




――――――教授ほどじゃないと思うけどね。




――――――『……やれやれ。まぁ兎も角、今は休んで零時を待つことです』




――――――言われなくとも…そうするよ。






教授の意識が閉じたのを確認して、悠二は自分の部屋に入った。

ドアを閉め、着の身着のままベッドにどっと倒れこむ。

茫洋とした表情で天井を眺めながら、ポツリと呟いた。


「解ってるんだよ……理屈では……」


それは誰に対して向けられた言葉か。








    ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆








「どうしましょう…」


一人だけ居間に戻った響子はすやすやと寝息を立てる少女を見て、困惑したように頭を捻る。


―――――燐子がフレイムヘイズを看病するなんて…


「性質の悪い冗談でしょうか?」


物憂げに溜息をつき、それでも主から与えられた仕事はきっちり果たすべく、隣室の押入れからオレンジ色の毛布を引っ張ってきた。

少女が起きないようにゆっくりと、ソファのリクライニングを倒して、フットレストに足を乗せる。


「ん―…」


その時、少女が微かに声を漏らし、響子はビクリと身を震わせた。

暫くの間、嫌な沈黙がリビングを支配する。


「寝言…みたいですね」


ホッと安堵の息をついて、響子は持ってきた毛布を少女に被せた。


―――――こうして見ていると、ただの可愛い女の子にしか見えないですけど…


だが、その華奢な身体の内には強大な―――それこそ自分の主さえ凌駕するほどの魔神が宿っている。

響子にはそれが解った。

願わくば、その強大無比の力が己の主に向かうこと無きよう…


「それじゃ、お休みなさい」


小さく呟いて、部屋の明かりを消すと、響子は足音を忍ばせてリビングから出て行った。

そんな響子の後姿を、少女の契約者たる“王”はジッと見つめていた。






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