――――――――『学校に行くには早いんじゃないですか?』
「その前に寄る所がね…」
そう言いつつ服を着替え終えると、悠二は学生鞄を引っつかんで部屋の窓を開けた。
――――――――『“炎髪灼眼”はどうするんで?』
「そっちは……うん、ドミノに任せる」
――――――――『丸投げですか』
「細かいことは気にしないように。じゃ、行ってみようか」
そう言って悠二は窓枠に足をかけ、そのまま飛び降りてしまった。
灼眼のシャナ 存在なき探求者
第13話 接触
ストン、と軽やかな音を立てて悠二は地面に着地した。
そのまま静かな足取りで門を抜ける。
「流石に、人通りは少ないか」
辺りをキョロキョロ見てから何やら納得した風に頷き、
悠二はある方向に向かって歩き出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
早朝特有の澄んだ空気を味わいながら、悠二は新御崎公園の前まで来ていた。
この辺りには、まだ人気はない。
「そろそろ時間のはずだけど…」
呟いて、腕時計を確認しようとしたとき。
トゥルルルルルルル……
悠二の直ぐ脇にあった電話ボックスが突然鳴った。
「…………どういうセンスしてるのか疑りたくなるな」
いまどき三文スパイ小説でもやらないだろう連絡手段に、悠二はげっそりとした表情で肩を落とした。
気は進まないながらも、受話器を取る。
「もしもし」
嫌そうに話しかけると、受話器からは矢鱈と明るい中年男の声が響いてきた。
『やぁ、朝から呼び出してすまなかったね。』
「なんですか…このレトロな連絡手段は?」
あえて不機嫌を隠さずに言ってみる。
が、電話の声は全く悪びれた様子もない。
どころか、いかにも心外だと言う風にこうのたまった。
『おや、気に入らなかったかね?』
「神経を疑いますよ」
『はっは。…まあいいや、実は君に伝えたいことがあってね。』
「………厄介事ですか?」
『うーん。ある意味』
悠二はなにも言わずに電話を切った。
無言で電話ボックスから出ると、額の汗を指で拭い、爽やかな笑顔を浮かべた。
「さて、帰ろうか」
そのまま、何かを成し遂げた漢の表情で踵を返そうとして――――――
「そうくるだろうと思ったよ」
いつの間にか背後に立っていた中年男を見て深々と溜息をついた。
「こらこら、いきなり電話を切らないでくれ」
別段気分を害した風でもなくそう言ってくる中年男―――――御崎市近郊の外界宿を経営しているオーナーを見て、
悠二は深々と溜息をついて睨んだ。
「近くにいるならわざわざ電話なんてかけないで下さい。………いつもの人はどうしたんです?」
普段、悠二との連絡役は彼の部下――――昨日早朝に悠二に電話をかけてきた男――――が請け負っている。
オーナーが直接伝えに来るというのは異常だ。
というか過去の経験からして、この人が直接現地に出張ってくるときは大抵悠二にとって碌でもない事態が起きているときだ。
「ああ、今回彼には留守番を頼んでるよ。まあそれはさておいて…実は君に頼みたいことがあってね」
おほん、とわざとらしい咳払いをしてオーナーは話し始めた。
「“徒”の相手をしろとか、そういうのは勘弁して欲しいんですけど」
「んん?そうかい?……うーむ、それは困ったなぁ」
オーバーアクションで悩むような仕草をするオーナーに、悠二は嫌な予感を覚えた。
「まさか…と思いますけど。既に僕、巻き込まれてたりします?」
恐る恐る聞いた悠二に、オーナーはとんでもないことを言った。
「ん?まだ巻き込まれてなかったの?」
ナニヲイッテヤガルコノオッサン。
あっはっは、と爽やかな笑いを漏らす中年男に、悠二は一瞬ぶち切れそうになった。
全身から火を――――もちろん比喩ではなく――――噴きそうだ。
落ち着け。
深呼吸だ深呼吸。
スーハー…スーハー…
「………………………ちょっと今、聞き捨てならないことを聞いたような……まさか、アンタわざと僕を巻き込んだんですか!?」
キリキリと胃が痛み出す。
思わず腹を押さえて前傾姿勢になる僕を見ながら、オーナーはへらへら笑いながら両手を振った。
「いやいや、そんな人聞きの悪いことを」
間違いない。
この人は狙ってやったんだ。
御崎市で起きている異変。それがどんな方向に転ぶか解らない状況で、
街のことに知悉している“王”を手っ取り早く自陣営に引き込む腹積もりなんだろう。
この人は組織とも色々つながりがあると聞くし。
あらかじめ僕を巻き込んどいて、こっちが拒否出来ない状況を作っておく……性質が悪すぎるぞ。
「“徒”の討滅はフレイムヘイズの仕事でしょうが……“徒”の僕に頼むのはお門違いですよ」
恨めしげに睨むと、オーナーは困ったように頬を掻いた。
「まあ…そうなんだけど、こっちも色々ごたついててね。頼むよ」
そういってオーナーは両手を合わせて拝むような仕草をした。