食わせ者。

このオーナーに関してはそう言うしかないだろう。

一体いつから動いていたか知らないが、最初から僕を巻き込んで自分の手元に置くつもりだったに違いない。

僕の存在が組織(+オーナー個人)にとって利益になると考えての行動だろう。

決して悪人というわけではないが、油断のならない策士なのは確かだ。

とはいえ、まんまと術中に嵌ってしまった後ではどうしようもない。

それよりも、オーナーの今の発言について考えてみるべきか…


「ごたついてるって…組織が?まさか僕絡みですか?」


「まぁね…上層部はあくまで非干渉――――単に藪を突いて蛇を出したくないだけなんだろうけど――――の方針だけど、

 実働の連中には君を良く思わないものも多くてね…」


オーナーの言葉が意味するところに、悠二は眉を顰めた。


「組織内で意見が割れてる、と?」


「そんな生易しいものでもないんだが……ま、そういうことにしとこう。」


いいのかそれで?


「君の処遇に関しては特に揉めててね。“万一”に備えての保険が必要なんだよ」


オーナーは一旦言葉を切ると、一通のマニラ封筒を懐から取り出し、こちらに差し出してきた。


「なんです、これ」


封を開けてみると、中から一枚の紙とカードが出てきた。

カードの方は…何とも無駄に豪華な金箔貼りときたもんである。


「この無駄にバブリーなカードは?」


「小父さんからのお小遣い……というのは冗談で」


攻撃用の宝具を持ってくればよかったかと少し後悔する悠二。


「街中にいくつかあるセーフハウスを使うためのパス…みたいなものだよ。詳しくはそこの紙に書いてあるがね。

 まあ君も親御さんが住んでる家でドンパチやるのは勘弁して欲しいだろう?」


「そりゃまあ、そうですが」


気遣いは有り難いんだけど……要するにこれって、僕もこの騒動と無関係じゃいられないてことなんだよな。

この場合、礼を言うべきなのか更なる補償を要求すべきなのか、どっちだろうか?

頭を捻っている悠二を放置して、オーナーはやおらに踵を返すと木陰のベンチにどっかりと腰を下ろした。


「それで、君としてはこれからどう動くつもりなのかな?」


「……………」


どう、と言われても……結局のところ選択の余地なんて無いんではあるまいか?

暫く顔を伏せて考えてから、悠二は結論を出した。




































灼眼のシャナ 存在なき探求者

第14話 道草




































「………そりゃ、自分の住んでる町ですからね。放っとくつもりはありませんよ。」


「……それを聞いて安心したよ」


オーナーは楽しげに笑った。


「ただ、組織のゴタゴタにまで首を突っ込むつもりはないですからね」


軽くオーナーを睨み、しっかりと釘を刺しておく。

これ以上厄介事に関わるのは御免被りたい。


「分かった。できるかぎり、君の手を煩わせずに済むよう努力するよ。」


それきりオーナーが黙ったのを見て取り、悠二は用は済んだとばかりに踵を返した。

そのまま公園を出ようとしたとき、背後から声がかかり、足を止めた。


「ああ、それともう一つ」


「……なんです?」


振り返ることなく聞き返す。


「いや…御崎市周辺を封鎖してる部隊の一部が妙な動きをしていてね。万一ということもある。一応気をつけておいてくれ」


オーナーが暗に何を示唆しているのか、悠二には何となく分かった。


「……非干渉方針はどうなったんです?」


「どこにでも、跳ね上がりはいるもんだよ」


オーナーの、何処か苦い響きの混じった声を聞きながら、悠二は公園を後にした。








    ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆









ちょうどその頃。

坂井邸では――――




「やはり3人分用意した方が良いんでしょうかね〜?」


響子は朝食の支度をしていた。

とはいっても、トーストにコーヒーと言う至極簡素なものだったが。

コーヒーメーカーから芳ばしい香りの立つ黒い液体をマグカップに注ぎ、バターの入った容器を机に並べていく。

一通り支度が済んだところで、響子は居間を出て二階に上っていった。


「悠二さ〜ん!」


部屋の前でドアをノックし、名前を呼ぶ。

………当然だが返事はない。

聞こえていないのかと思い、響子はドアのノブを捻った。


「悠二さん!そろそろ起きませんと朝食の時間が……っていないぃ!!!?」


ドアを開けた瞬間、響子は我が目を疑った。

悠二がいつも眠っているベッドはもぬけの空。

部屋の窓は全開に開け放たれており、そこから朝の冷たい風が吹き込んでカーテンを揺らしていた。

予想外の光景に呆然とする響子。

そのまま暫く突っ立っていると、風に吹かれて一枚のルーズリーフが顔に張りついた。

それでようやく我に返ったらしく、顔に張りついた紙を鬱陶しげに取り払う。


「なんですかこれは――――」


と、そこに書かれていた文章を見て絶句する。


「あ、あ、あ、あんの人はぁああぁ!!」


メモを握りつぶして吠えた。

そこにはこう書かれていたのだ。


『急用ができたので出かけます。後はよろしく☆』


悠二逃亡。

それは即ち、家で休んでいる少女の面倒は自分が見なければいけないということを意味していた。








    ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆








「……っと。そろそろ行かないとマズいかな?」


腕時計で時間を確かめながら悠二は呟いた。

いつもの登校時間よりは早いが、何処かに寄り道できる程の余裕はない。


――――――――『この状況で学校ですか?』


頭の中から教授の呆れたような声が聞こえてくる。


「当然。組織だの狩人だのに僕の私生活を左右されるなんて冗談じゃないね」


――――――――『一見強気に聞こえますが……母親が怖いだけでしょう?』


「…………………………行こか」


教授の発言は聞かなかったことにして、悠二は歩き出した。





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