“人”と“徒”の戦い。
それは古くから、人知れず行われてきた。
しかし、文明が発達し、移動手段が、情報通信技術が飛躍的な発展を遂げた20世紀に入って以降。
その戦いを人々の目から隠蔽することは難しくなった。
世には人が溢れ、街には人工の光が溢れ、最低限“封絶”を使いこなす自在師でなければ、人を喰らうことも、“徒”を討滅することも、おいそれとはできなく
なった。
そのような中…
世界の異変に気づいた幾人かの人間は、そして現代社会にいち早く順応したフレイムヘイズは、この時代に適した新たな戦い方を身につけた。
それは“情報”
それは“組織”
彼らは立ち上げた。
『仮装舞踏会』に代表される“徒”の軍勢に抗するための、そしてフレイムヘイズたちを資金面で、情報面で支援するための組織を。
しかし、世界の闇を知らぬ人々にそれを知る術はない。
それは御伽話・作り話としての認識しかないからである。
話を日本に移そう。
日本にも組織があった。
その組織は一つや二つではなかったが、第二次世界大戦とよばれた人同士の大戦の後、その数は激減した。
殆どが戦火の中で、組織として存在を維持出来なくなり、消えていった。
しかし、全てが消えてしまったというわけではない。
彼等は残っていた組織を統合し、運営を始めた。
―――人の世の『歩いていけない隣』より来る“紅世の徒”に抗するために……
灼眼のシャナ 存在なき探求者
第8話 装備確認
高層ビルの最上階。
そのフロアの半分近くを占有する広大な会議室。
広々とした室内の一角で、2人の男が言葉を交わしていた。
その表情には重苦しい緊張の色が伺える。
スーツに身を包んだ初老の男が、ゆっくりと口を開く。
「―――都喰らい…とはな…」
書類を捲りつつ、ソファに深く腰掛けた男が呟く。
「確定情報ではなく、あくまで可能性のひとつとの事でしたが。」
「戯け!その可能性があるというだけでも由々しき事態だ。…あそこを第2のオストローデにするわけにはいかん。」
そこまで言って男は何かを考えるように、しばし瞑目した。
そして再び目を開ける。
「『炎髪灼眼』とは?」
「既に合流し、共同で事に当たると…それともうひとつ。」
「なんだ。」
「『弔詞の詠み手』及び『屍拾い』の存在が御崎市近辺で確認されました。」
「莫迦な……」
「30分ほど前にロストしたため現在位置は不明です。最後に向かっていた方角は御崎市とは別方向でしたが、欺瞞行動の可能性も捨て切れません。」
男はそこまで報告して立ち上がり、一歩下がる。
「至急あちらに連絡を。『弔詞の詠み手』がそちらに向かった、“気をつけろ”とな。…それから御崎市近辺にいる『討ち手』の位置を確認。……万一の場
合…」
総攻撃をかける、そういって男は押し黙った。
報告に来た男は新たな命令を携え、一礼して部屋を後にした。
会議室に静寂が戻り、
後には、初老の男一人が残された。
やがて、ひとりごちるように口を開く。
「『探耽究求』『狩人』『炎髪灼眼』……」
それは何か理屈ではない。
理解できぬものに対する、言い知れぬ漠然とした不安。
「『弔詞の詠み手』『屍拾い』…」
そして目を閉じる。
「此の世ならざるモノを招き寄せる何かが…あの街には在るとでも言うのか……」
その呻きは誰の耳にも届くことはなく、闇に反響して、消えた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「悠二さーん!荷物届いてますよ!」
ドミノこと佐倉響子の声に、悠二は朝食の鮭をつつく箸を休めて玄関に向かった。
「荷物?……カミソリメールとか猫の死体とかだったら捨てていいからな?」
「ちゃんとした小包ですよぉ…っていうか悠二さんそういう心当たりあるんですか!?」
最近じゃ響子からさえ突っ込まれるようになった僕。
というか吉田さんと仲良くなってから偶に来るんだよ、そういうの。
YFCの連中みたいに正面から来るならともかく、ああいうストーカー紛いの連中は始末におえない。
「どぅれ。」
差出人の欄を見る。
「早いな…昨日の今日でもう準備できたのか?…ドミノ、シャナを起こしてきて。お目当ての品が届いた。」
「はーい!」
響子は溌剌とした返事とともに2階に駆け上がって行った。
「これは?」
「学校で必要になるもの…ま、最低限のものはそろってるな。」
シャナの不思議そうな問いかけに答える。
小包の中身は御崎高校のセーラー服と編入に必要な幾つかの書類だった。
住民票に記載された名前は『佐倉紗那(さくら しゃな)』。
ドミノ、つまり佐倉響子の妹ということになっている。
燐子の妹がフレイムヘイズというのも色々おかしい気がするが、まあこの際仕方ない。
佐倉家はトーチの佐倉響子も含めて全員“徒”に喰われているので戸籍を弄るにしても面倒が少ないのだ。
しかし、それにしたって手回しが良すぎる。
いくらなんでも昨日の今日で……
この早さはいくらなんでも異常としか言いようがない。
さすがに悠二も不信感を抱いた。
(昨日の今日で用意できるものじゃ…もしかしてフレイムヘイズに手当てする緊急用のを引っ張ってきたのか?)
悠二が顎に手を当てて唸っていると、シャナは嬉しそうにセーラー服を掻き抱く。
しかし、考えてみると親がいないのをいいことに女二人を家に連れ込んでるわけだ。
母さん辺りに知られたらとんでもないことになるな。
両親に知られたときの事を想像して我知らず顔が引き攣る。
その時。
服を手に、とてとて2階に上がって行くシャナが、階段の途中で悠二に振り返った。
「上で着替えてくるけど……覗いたらぶっ飛ばすわよ。」
「覗くか!!」