「さ〜て、準備でもしましょうかね〜」


登校する悠二たちを見送った後、響子は2階に上がろうとして、


トゥルルルルル…


電話のアラームに気づいて受話器を取り上げた。


「はぁい。坂井で御座います。……あ、これはどうも〜、その節はお世話に…え、連絡ですか?」


いつものように笑顔で話していた響子だが、徐々にその顔が引き攣り始める。

その顔色は既に紙のように白い。


「え……えええええええ!!!!!????」


そして坂井邸に女性の悲痛な叫びが木霊した。

その電話の内容が、何であったかは兎も角。

このとき彼女があげた悲鳴が近所で噂になり、法事から帰ってきた母、千草によって悠二が尋問される羽目になるのだが、それはまた別の話。




































灼眼のシャナ 存在なき探求者

第9話 沈黙の教室




































「あー、今度このクラスに編入することになった佐倉紗那さんだ。……佐倉、自己紹介を。」


担任教師の眠たげな声が教室に響く。

自己紹介を、と促され、“炎髪灼眼の討ち手”シャナこと『高校生・佐倉紗那』は教壇に立った。

小学生と見紛うほどの小柄な体躯にも拘らず、その全身から放たれる凄まじいプレッシャーに教室中の人間が息を飲む。

何気に欠伸を噛み殺してたりする担任教師は意外と大物なのかもしれない。


「佐倉シャナよ。」


教室中を睨むように睥睨し、腹の底までズドンと響くような声で堂々と宣言する。

それで言うことが無くなったらしく、黙り込むシャナ。

教室を沈黙が包み込む。


「ぅ……」


その気まずい雰囲気に、シャナはどこか自信の無さそうな表情でチラチラと悠二の方を見る。

可愛いじゃんよ…

シャナの表情の変化に、男子全員と、一部の女子が頬を赤らめた。

その微妙な雰囲気は担任教師の台詞でようやく霧散した。


「あー、紹介が終わったようだし佐倉は席につくといい。……そうだな、空いてる席は…と…」


ほへ〜、と貫禄ゼロの緩い表情で教室を眺めわたし、


「私、そこの席がいい。」


「ん〜?」


「そこよ。悠二の隣。」


シャナの一言で教室中の視線が殺気と共に悠二を射抜いた。


(あの野郎、いったい幾つフラグ立てれば気が済むんだ!!)


(吉田ちゃんに近づくだけでも許しがたいってのに!!)


(許すまじ……この身を焦がす嫉妬の炎できゃつを焼き殺したい!!)


(坂井…お前との友情もこれまでだな…後で執行部隊を召集せねば…)


クラスメート34人分の負の感情を一身に叩きつけられ、冷や汗をだらだらと流す悠二だった。








     ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆








4限目、英語の授業も終盤に差し掛かろうとしている。

教室は静寂と緊張の中にあった。

周りの生徒達は立てた教科書の中に顔を隠している。最初こそ通常通りに授業を行っていた英語教師も、今はひたすら板書を続けていた。

この重苦しい沈黙の空間を作り出している元凶たる少女。

佐倉シャナは、その圧倒的な存在感を持って板書を行う英語教師に無言の圧力を加え続けていたのだ。


(くっ…馬鹿な。この私が気圧されているというのか!?あんな小娘風情に…)


英語教師、多山路 健蔵(たやまじ けんぞう)52歳は動揺していた。

教え方が下手なせいで授業を受ける生徒からの評判は悪いが、これでも伊達に20年以上教師をやっているわけではない。

生活指導担当教員として何人もの不良生徒(彼から見れば)を相手取ってきた時期もある。


だが…


だが、目の前の少女は一体なんだ?


この凄まじいプレッシャーは…


ごくり、と息を飲む。


2限、3限の教科担任は彼女を注意しようとして悉く玉砕したという。


(さもありなん。この私でさえ、こうして板書しているだけで動悸が収まらんのだからな…)


さり気なく少女に視線を這わせる。

少女の机の上には閉じた教科書とノートが置かれている。

授業が始まってからずっとこの調子だ。

ノートもとらず、教科書も見ず、終始、こちらに向かってメンチを切っているのだ。


(ふん……久々に歯ごたえのある相手だ…)


かつて、県下に名だたる不良高校を、生徒指導の名の下に蹂躙していた若かりし頃を思い出し、多山路教諭の瞳に闘志が宿った。

意を決して、シャナの元につかつかと歩いていき、


「佐倉ッ!!」


人差し指と中指の間にチョークを挟み、それをビシッとシャナに突きつける。


「教科書もノートも開かずに何をしているっ!真面目に授業を受けんか!!」


「「「「おお……」」」」


その毅然とした態度に、生徒たちは感嘆の声を上げる。

悠二でさえも例外ではない。

何しろただの人間が、フレイムヘイズの放つプレッシャーを跳ね除けたのだ。

教師としての資質はともかく、その胆力は驚嘆すべきものがある。

……まあ、感心したのはあくまでも度胸であって、教え方については相変わらず低い評価なのだが。



当然というべきか、シャナは英語教師の挑戦を受けてたった。

というか、待ってましたとばかりに口元を吊り上げ、多山路教諭をねめつけた。

ああ……やっぱ狙ってたのね。




……………………………


………………………


………………


………













10分後。


授業終了のチャイムと共に、落ち武者のような風体となって多山路は教室を後にした。

強大なる敵に対して怯むことなく立ち向かった彼に敬意を表したい。

シャナを除く生徒全員が彼に対して黙祷をささげた。








     ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆








「しかしまあ、見事なまでに人がいないね。」


慨嘆するように、悠二は教室を見渡した。

午前中の授業で、ひたすらシャナが無言の圧力を教室全体に加えていたため、昼休みになると殆どの生徒が息抜きを求めて教室を出て行ってしまった。

まあ、ごく一部の生徒は教室に残って食事を取るらしく、教室の隅に陣取って悠二達をチラチラ見ている。

額に油性マジックでSFCと書かれた鉢巻をしているのが目に入ったが………見なかったことにしよう。



今、一緒にいるのはシャナと吉田さん。

2つの机をくっつけて、そこに3人分の食事を並べる。

悠二はサンドイッチを詰め合わせた弁当。

吉田さんは、炊き込みご飯に野菜の煮物という和風弁当。

シャナはというと、食料袋一杯に詰まったメロンパン……これはもう中毒といっても過言ではあるまい。


「シャナってけっこうサドッ気があるように思うんだけど……吉田さんもそう思わない?」


「え!…ええ!?…わ、私ですか?…そんなことは、無いと思いますけど…」


悠二とシャナの顔を交互に見ながら、自信なさげに言う。


「なによそれ。」


ぶすっ、と膨れっ面になって少し乱暴な手つきでメロンパンを口に運ぶ。

食べているうちに、不機嫌そうだった表情がだんだん緩んでくる様子は見ていて飽きない。

教室の隅から『おおお〜!!』とか聞こえてきたような気がするが無視。


「というか、あれはやり過ぎだったように思うんだけど…」


あれというのはシャナの授業態度。




―――いわく、教科書丸写しの板書などノートに取る価値など無い。




―――いわく、説明下手でダラダラ要領を得ない話をするだけ。聞く価値無し。




―――いわく、学力が無いせいでマニュアル外に手が届かない。これで教師とは片腹痛い。





まあ、言ってることは正しいのだが、歯に衣着せなさ過ぎるというか。

多山路はあれで結構タフだからいいとして、他の二人、2限と3限を担当した教師はもう立ち直れないかもしれない。

精神的にズタボロにされたみたいだし。

ちなみに、1限を担当した1年2組クラス担任についてはシャナの態度にも動じることなく、彼女のプレシャーを柳の如く受け流していた。

ホント何者だよあの人。


「私は思ったことを言っただけよ。」


フン、とそっぽを向いて言う。

うん。これはこれでいいかも。


「シャナちゃんて頭いいんだね。」


「ああ、違うよ吉田さん。シャナの場合『達意の言』を使ってるんだから、ある意味カンニングだ。」


『達意の言』というのは自在法のひとつで、この世の知識を引き出すための言霊のようなものだ。

頭の中にありとあらゆる辞書が詰め込まれている状態といった方がいいかもしれない。

僕も結構お世話になってたりする。


「え、ええ?じゃあシャナちゃん、坂井君と同じなんだ。」


吉田さんが驚いたように声を上げ、シャナが抗議するようにこちらを睨んでくる。


「吉田さんはこっちの事情もある程度知ってるし、別に問題ないだろ。」


悠二のフォローに、シャナは驚いたように一美を見る。


「…そうなの?」


「う、うん。中学の時にね、坂井君に助けてもらったの。」


「そう。……言っておくけど、私と悠二は同じじゃないわよ。私はフレイムヘイズ。悠二は“紅世の徒”なんだから。」


「で、でも坂井君は人を襲ったりしないよ!」


「だから私も悠二を討滅したりはしないわ!」


「ふ、2人とも、声が大きい…」


「「あ…」」


悠二に言われて漸く自分の大声に気づいたらしく、気恥ずかしげに黙りこむ2人。

いや、シャナはむしろ苦々しい表情と言ったほうがいいのかな?


「えーと、それでだね。今、色々と物騒なんで、吉田さんは学校終わったら真っ直ぐ家に帰ったほうがいい。シャナは学校終わり次第ウチに来てくれ。」


「狩人を誘き寄せるんじゃないの?」


「もちろん。家に誂え向きの装備があるんでそれを使うよ。」


教授が過去に開発した宝具が家には可也ある。

確かその中に都喰らい対策に誂え向きのがあったはずなのだ。

確か……『惑いの鳥』だったか。


「ともかく、その辺は任せといてくれ。ドミノが用意してるはずだ。」


「なによ。結局、人任せなんじゃない。」


「ぐはっ…」


な、何でそういう…人が気にしてる事言うかな。

傷心の心を抱いて、悠二は席を立った。


「…どこへ行くの?」


シャナが不審げな声を上げる。


「もよおした。トイレ行ってくるよ。」


シャナと僕の方をチラチラ見て吉田さんが不安そうな顔をする。

ま、僕がいなくても大丈夫だろ。

吉田さん結構あれで芯が強いし、少しくらいシャナの相手も務まるさ。

そんなことを考えて僕は教室を出た。











で。











「え、と。どうしたのかなキミ達。なにやら怯えたような顔して。」


廊下に出たとたん、田中と佐藤に鉢合わせした。

この2人とは高校に入ってから知りあったんだけど、取っ付きやすい連中で、僕の脳内では親友に近い扱いである。

2人の容貌について言っとくと、田中はクラスでも大柄で筋骨隆々…とまでは行かないが、まあかなり鍛えてるっぽい。

一言で言うと気の優しい力持ちといった感じだ。

佐藤についてはギリギリ美少年、というか辛うじて美をつけてもいい容貌の少年といったところだ。

身に纏う軽薄な雰囲気さえ無くなればもうちょっとモテるんじゃないか言われている。

この二人に加えて、中学入学以来の親友である、池速人が今のところクラスでも特によくつるんでる連中だ。

それはともかく…


「君らがオドオドしてるところなんて、はじめて見たよ。」


「い、いや、というか坂井。逃げたほうがいいぞ。」


「ウム、このままだとお前の命が危ういかもしれん。」


それはどういう……げっ!!

よく見ると二人の後ろにドンヨリオーラを纏った池が立ってたりする。

なにやら恨み節を口ずさみながらシャドーボクシングをやってる光景は恐怖以外の何者でもない。


「な、なにがあった!?」


「いや、そりゃお前、好きな娘が親友に二股掛けられてるところなんて見たら…」


「ふ、二股!?」


いや、いつの間にそんな噂が。


「ほら、転校生のシャナちゃんと吉田ちゃんだよ。」


「?……あれ、坂井と吉田ちゃん付き合ってんだろ?」


「い、いや、別にそういうわけじゃ…」


「「「はあ!?」」」


言った途端、佐藤、田中のみならず先程までヤバげなオーラを纏っていた池までもが素っ頓狂な声を上げた。

な、なんなんだ?


「お。お前…。」


「なんつーか……ある意味凄いよな?」


「坂井、俺…お前に初めて尊敬の念を抱いたよ。」


一転して、生暖かい視線を向けてくる3人に、悠二は狼狽するしかなかった。





「な、なんなんだよコイツ等!!!!!」





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