夕暮れの繁華街を、彼女は歩いていた。


『キィーーヒッヒッヒ!!それで、良さげな案内役は見つかったのかよ、我が色欲のブッ!?』


「うっさいバカマルコ。まったく、この街には碌な男がいないわね。」


本が喚くのを裏拳で黙らせ、ぶつくさと零す。

この街における案内人を選ぶに当たって、彼女が決めた選定基準。

それは『若くて、私のことを「美人」と実際に口にした男』というものだった。

『そういう』男がいなかったわけではない。

昼頃、この街に着いてから数えてざっと20人ほど、条件に当てはまる男はいたのだ。

年齢を考えなければ、その倍はいくだろう。

だが……


「いきなり目を血走らせて、私の写真撮りまくるような変態なんて冗談じゃないわよ!」


一体どうなってるのだろうかこの街は。

馬鹿な男が声をかけてきたりしないように、周囲を威圧するように気を張っていたというのに。

街を歩けば、蜜に群がる蟻のように男どもが集まってくる。

それも自分の好みからは程遠い脂ぎった男ばかり。

いや、爽やかそうな奴もいるにはいるのだが、口説き文句は他の変態どもと似たり寄ったり。

殺気を当ててやっても逆に嬉しそうに身を捩じらせたりするのだから、逆にこっちが恐怖を覚えたほどだ。


「もういいわ。まともな奴ならなんだっていい…」


げっそりとした様子でうめく女の視界を1人の男が横切った。

年は…30代前半といったところだろう。

どこにでもいそうな凡庸な顔立ちに、灰色の、少しばかりくたびれた背広という風体である。


「……よし、あれでいいわ。『まともそう』だし。」


既に選定基準は『自分に好意的な若い男』から『無害そうな男』にすりかわっているようだ。


「ちょっと!」


栗色の髪の美女に、突然声をかけられた男だが、

最初は自分に向けられた声と気づかずに、キョロキョロと辺りを見回す。


「あんたよ!あんた!そこの冴えない灰色!」


「はあ、私ですか?」


かなり失礼な呼び方であったが、男はそれに気づかぬ様子(あるいは気にしていないのかもしれない)で、

黒縁の眼鏡をくいっと押し上げ、まじまじと美女を見る。


「そう。ちょっと頼みたいことがあってね。」


「…………はあ。」


マイナスイオンとか発していそうな、ぼけーっとした様子で。

男はゆっくりと頷いた。









御崎高校1年2組担任。


相模 義留。37歳。






この日、彼は運命と出会った。




































灼眼のシャナ 存在なき探求者

第13話 第3種接近遭遇





































「悠二。おなかすいた。」


「僕も腹減ったよ。」


伏目がちにシャナが言ってくる。

何か食いたいのは僕も同じ事。

いや、実際に空腹を覚えてるわけじゃないんだよ。

“徒”だしね。

けど、気分的に夕食の時間帯になると、何か食いたくなるんだよな〜。

これも習慣というやつか。


「私が何とかしましょうか?」


「出前は許さんぞ?」


しっかりと釘はさしておく。


「はう…」


しぼむ響子。

一昨日コイツが頼んだ宅配ピザで、既に大赤字だというのに。

この上まだ何か頼むつもりだったのだろうか?

しかし、外食も出前もNGとなると…


「作るか?」


何気ないその呟きに、シャナと響子は弾かれたように顔を上げる。


「え?え!?え!!??悠二さん料理できたんですか!?」


「悠二の手料理…」


シャナは言葉の意味をかみ締めるように、響子は目を白黒させて、

一斉に悠二の方を見る。

驚嘆と、尊敬が綯い交ぜになった視線。

響子は兎も角、シャナからもキラキラとした目を向けられ、少しばかりドキドキしてしまった悠二君。


「そ、そこまで驚くこと無いだろ。ドミノ。フレイムヘイズとか“徒”相手に啖呵きる時みたく、教授を紹介してみろ。」


「へ?…いいですけど。えーと、『偉大なる超天才にして真理の肉迫者にして不世出の発明王にして実行する哲学者にして常精進の努力家にして製法製造の妙手 にしてお料理お裁縫もちょっとうまい……』…あっ!」


そこまで言ってようやく気づいたらしく、両手をポンと叩いて納得の表情をする。


「そういうこと。教授の意識と同調すれば、料理の一つや二つ、何ほどの事があろうか!」


まあ、教授のレシピがホントに人間の食えるものかどうかについては、少しばかり不安が残るが。


「まあ、とにかく任せなさい。大船に乗ったつもりでな…」


自信たっぷりに言って、悠二はキッチンに入っていった。






「大丈夫なんでしょうかね〜?」


「さ、さあ。」













     ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆













その頃。


繁華街のとある中華料理屋では。


「なあ田中。」


友人に呼ばれ、田中栄太はチャーハンの山を高速で穿つレンゲを、一瞬休めた。

彼を呼び止めた佐藤啓作は、これまたラーメンを啜るのを止めて宙を睨んでいる。


「なんだよ佐藤?」


「なんか今、これからの人生を一変させるような出会いをフイにしちまったような予感がヒシヒシとするんだけど。」


いわれて、田中は瞳をくわっと見開いた。


「ぬぅ……そう言われてみると…俺もそんな気がしてきたぜ!」


「何で俺ら中華なんて食ってるんだろ。」


「そりゃお前…シャナちゃんの食事に眼が釘付けで、俺ら昼なにも食ってなかったからだろ?それで中華でも食おうってことに…おりょ?」


「なんだ、結局自業自得か。」


「だな。…それはさておき、この海鮮チャーハンてのは結構イケるな。」


「そうか?…じゃあ俺も追加で頼むか。すみませ〜ん!海鮮チャーハン一人前お願いしマース!」


シュタッと手を上げてウェイターを呼ぶ佐藤。

このとき既に、彼の頭の中は海鮮チャーハンのみで占められていた。





この分岐が、彼ら二人に何を齎すのか。



それを知る者はいない。




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