――――――人形。


――――――それは人を、時には動物や架空の生物を模して造られる。


――――――その起源は先史に始まり、人の文化と共に在り続けてきた。


――――――時には人の目を楽しませ。


――――――時には他人に呪をかけるために、あるいは己が身代わりに厄災を引き受けるものとして。


――――――そして今………


















劫!!!




群青の爆炎がほどばしり、数棟の家屋を爆砕しながら白スーツの男を飲み込んでいく。

男の姿が炎にかき消された直後、鼓膜を震わせる大爆音と共に薄白い炎が爆ぜた。

やがて炎が、煙が晴れたそこには破壊されつくした人家だけが残っていた。


「妙ね……」


靴音も高く響かせながら、マージョリーは瓦礫に山に歩み寄った。


「いくら“狩人”って言っても、この燐子の数は異常よ。王クラスの力を持った奴を何体も使役するなんて…」


『この街にはトーチが多いことだしよ、手当たり次第に喰いまくって力を溜めてたんじゃねえのか?』


「あたしらを始末する為だけに?ハン!その前に異変を感知したフレイムヘイズがそこらじゅうから集まってきてお陀仏よ」


近代5指に数えられる王がそんな頭の回らない馬鹿野郎の筈がない…そう言って思案を巡らせる。


「何か宝具でも使ってるのかしら……いや、そんな事はこの際どうでもいい。

 重要なのはあの宝具フェチがこの街で何をやらかすつもりなのか、よ。」


『んなもん、狩人の野郎が妙な事やらかす前にぶち殺しちまえば済む話だぜ!まぁ、本体の居場所が掴めねえことにはお手上げだが』


相棒の至極最もな発言に、マージョリーはがしがしと頭を掻き毟る。


「ったく!せっかくラミーの野郎をぶち殺しに来たのに、とんだ誤算だわ!」


『ヒィーーーヒヒヒヒ!いぃーじゃねえか、ラミーなんて雑魚より大物を殺るほうがよっぽどスカッとするぜ!!』


「ふん、見つけたら速攻でぶっ殺してやるわよ!」


憤然と吐き捨て、群青の炎を無造作に瓦礫めがけて放つ。





キィィ―――ィ―――ン。





甲高い音が響き、群青の炎は薄く辺りに広がり、青い輝きを放つ。





やがて光が消えたとき、そこには数刻前となんら変わらぬ家屋の群れだけが残り、

マージョリーの姿も既に無かった。




































灼眼のシャナ 存在なき探求者

第18話 大願




































ドドドドドドドドドドドッ!!!





炎を纏った十数本の刀剣が、悠二目掛けて降り注いできた。

命中すれば致命傷は免れないだろう剣勢を、とっさに横に飛び退って避ける。

剣群は先程まで立っていた道路のアスファルトに突き立つ。

暫くすると、剣に纏わりついていた薄色の炎は完全に消え、銀の刀身が露になった。


「教授、あれって―――」


『んん〜、何ぁーん年か前にあんなのを造って組織に卸したような気がしぃますが……何でしたっけ?』


「……てことは。」


不吉な予感を覚え、剣が飛んできた方向を見る。

既に居場所がばれている事を、向こうも悟っているのだろう。

闇の中から3つの人影が姿を現した。

思ったとおり……


「組織か、一体どういうつもりか説明願いたいんだけど?」


「あれを凌ぐか……貴様、一体何者だ。」


リーダーらしい男が、こちらを睨みつけながら詰問してくる。

僕の質問は無視か。


「お前たち。いきなり何の真似?」


シャナが険悪な口調で男に問い質す。

いつの間にやら、その手には大太刀『贄殿遮那』が握られている。

問われた男はシャナを見て、一瞬訝しげな表情を浮かべたものの、直ぐに表情を消して悠二を見据える。


「同業者か……まあいい。用があるのは貴様一人だ」


男が片手を挙げ、

同時に男の両脇に控えていた2人が、僕を囲むように散開した。


「“徒”の討滅こそ我らが使命。この場で消滅してもらおう。」


男は宣言し、武器を構えた。


(どう思う?)


『“狩人”一党と間違われたのでは?』


「………ったく、呆れてものが言えないよ。」


こめかみを押さえて溜息をつき、おもむろに自在法を紡ぎ始める。


「させんっ!!」


男たちのうち1人が先程と同じ刀剣を投擲し、残り2人が炎を浴びせてくる。

自分めがけて飛んでくる剣に向かって先程準備した自在法を発動する。


「存在を解析――――――解除」


術式発動と同時に、剣の炎は一瞬で吹き散らされる。

そのまま悠二の脇をすり抜け、失速して地面に落ちた。

続いて、ダンッと地面を強く踏み抜く。


轟!!


刹那、薄緑の炎が吹き上げ、男たちの炎を一瞬で飲み込んだ。


「チッ…散か―――」


「どうでもいいけど、相手は僕1人じゃないよ?」


「なっ…!?」


悠二の言葉に男が目を剥いた直後、黒い旋風が辺りを駆け抜け、男たちを路面に叩き伏せた。



「……そのまま寝てなさい。」


男たちに一撃を食らわせた張本人。

大太刀の腹で肩をとんとん叩きながらシャナが言う。

『贄殿遮那』はいつの間にやら鞘に収められている。

男たちを打ち据えたのは鞘だったようだ。


「助かったよシャナ。」


「なんなのこいつら。組織って悠二の味方じゃなかったわけ?」


聞いてくるシャナに、悠二はどう答えたものかと頭を捻る。


「どうも、僕を敵と間違えてたみたいなんだよね。」


そう言って、道端で気絶している3人組に目を向ける。

封絶に加えて、力の発現による歪みが漏れないよう細工をしていたようだ。


「宝具使いと自在師の組み合わせ……『蒼』の先遣隊かな?それにしちゃ弱すぎるような」


しきりに首を捻っていると、シャナが話しかけてきた。


「やっぱり、こいつら…狙いは“狩人”?」


ぐったりと伸びている3人組を見ながら聞いてくる。


「しかないでしょ。流石に都喰らいなんて発動されたら大惨事になるしね

 ……にしても、一体どれだけのフレイムヘイズが集まってきてるのやら」


『かつて、『棺の織手』が都喰らいを成そうとした折には、数万に及ぶ討ち手が結集した。

 それに比べれば物の数ではあるまい』


実際にその光景を見てきたかのように言うアラストール。

いや、ひょっとすると本当に『棺の織手』との戦いに加わっていたのかもしれない。


「フリアグネの隠蔽がそれだけ巧みだったってことだよ。きょ…僕が気づくまで誰も知らなかったんだから」


『気ぃぃーづいたのは私ですけどね』


はいはい。








     ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆








炎が膨れ上がり、そして爆ぜる。





剣戟が打ち交わされ、肉を裂く音が、何か硬い物を打ち壊すような音が続けて響く。





―――――――――そして銃声。





やがて物騒極まりない喧騒が治まり、辺りを静寂が支配する。





コツ、コツ、コツ……





靴音が一つ、いや二つ。

純白のスーツを身に纏った男が、同じく純白のドレスで着飾った美女を従わせ、歩いてくる。

御崎大橋の中間地点。

御崎市の中心に位置するこの場所に存在するのはこの2人だけ。

その周りには砕かれた路面や半ば融解したアスファルトが炎の残滓を燻らせている。

先程まで、彼の配下とフレイムヘイズの戦団による激戦が繰り広げられていたそこには、今や彼ら以外に動く者はいない。


「派手にやったね……“鍵”は向こう岸に?」


「はい。討滅の道具どもの妨害もあり、予定数には届きませんが」


「侭ならないものだね」


「私共の力不足でした」


罪を告解する敬虔な信徒のような表情で、女は言う。


「君のせいじゃないさ。気に病む必要はないよ」


フリアグネは笑い、言った。





――――――――――――――――――“では……創めよう、マリアンヌ。”――――――――――――――――――






前に差し出した手に薄白い炎が灯り、

それが消えたときには、精緻な造りのハンドベルが握られていた。







―――――――――そして。









―――――――――開幕のベルは鳴った。










     ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆









黒く塗装されたバンが住宅街の一角に停車した。

ドアが開き、中からダークスーツを着た2人組の男が現れる。

一分の隙も無い身のこなしで車から降り立ち、迷いの無い足取りで一つの場所へ向かう。


「おい、この住所で間違いないか?」


「ええ、その筈ですが……」


2人は一軒の民家の前で立ち止まり、その二階建ての建物を見上げた。

一人の男が無線を取り出し、短く一言告げる。


「こちら別隊。たった今到着した。」









その家の表札には『坂井』と書かれていた。





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