――――――『宝具』


――――――それは現世と紅世を繋ぐ狭間の祭器。


――――――それは“人”が望み、“徒”が望むとき生まれるという。


――――――それは“存在の力”を喰らい、奇跡を成すという。


――――――では、もしそれが“存在の力”を生み出せるとしたら……それは何と呼ぶべきか。




































灼眼のシャナ 存在なき探求者

第19話 一つの転換点




































ゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッッ !!!!!!!!!!!!!!







獣の遠吠えにも似た大音声がが当たりに響き渡った。

同時に、全身を悪寒に似た感覚が駆け抜け、自在法特有の因果の歪曲が、

怒涛のように街全体に広がっていく。


「な……自在法!!?」


『こ………れは………………』


市の中央。

大鉄橋・御崎大橋の中間地点。

そこに、“在る”モノを見て、

悠二が絶句し、教授も珍しく言葉を失っている。

そこには、天を貫く巨大な炎の柱が突き立っていた。





その色は燦然と輝く“銀”





ドクン―――――





あ……

この感覚は……

どこかで……

視界がぐにゃりと歪む。


―――――ぅじ…悠二!!


シャナが駆け寄ってくるのが見える。

あれ?彼女、あんなに背が高かったっけ。


―――――ぅにどうしたのよ!…っかりしなさい!!


あ、そうか……僕が地面に倒れてるから―――――――






―――――――――――――――そして、少年の世界は暗転する。







     ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆







「なん…だ………これは………」


純白のコートを着た男は呆然と呟く。

今宵、この町の異変を操っていた“筈”の強大なる紅世の王。

今、彼の表情を占めるのは困惑、そして驚愕。

その手には精巧に造られたハンドベルが握られ、その腕はかたかたと震えていた。


「莫迦な……有り得ない。術式は完璧だった筈……」


彼が立つのは市の中央を貫く河川、真名川にかかる大鉄橋。

御崎大橋。

その周りには砕かれた路面や半ば融解したアスファルトが炎の残滓を燻らせている。

先程まで、彼の配下とフレイムヘイズの戦団による激戦が繰り広げられていたそこには、今や彼以外に動く者はいない。


――――――――――いや、ひとつだけあった。


天を貫くように燃え立つ巨大な炎の柱。

煌々と燃え盛る炎。

見るものを威圧するように燦然と輝くその色は“銀”


「“銀”…だと?莫迦な…何故……何故このようなものが」


「フ、フリアグネ様……」


「!?どうしたんだマリアンヌ」


振り返った男の眼に、恐怖に身を竦ませた彼の燐子の姿が飛び込んできた。


「一体なにが……」


フリアグネが呆然と見つめる中。







―――――――彼の背後で。








―――――――その炎が。








―――――――哂った。





     ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆






「悠二!?」


突然倒れこんでしまった悠二をに、シャナは慌てたように駆け寄る。

地に臥して、ぴくりとも動かない彼を抱き起こし、呼びかける。


「悠二!!……アラストール、これって……」


『ふむ、先程の火柱と関係があるのかもしれんが……』


言われて、シャナは先程、銀色の炎柱が立ち上っていた方角を見る。

既に炎は消え、夜闇が辺りを支配していた。

暫く考え込むように顔を伏せた後、


「まず悠二を家に運ぶわ。ここに置いていくわけにもしかないし」


断固とした口調で言い放つシャナに、アラストールはどこか諦め交じりの溜息をつく。


『出会って間もない“徒”を何故そこまで気遣うのだ?』


「そ…れは」


アラストールの指摘に、シャナは言葉を詰まらせる。


『まあ良い。どの道、この男―――――坂井悠二が“狩人”の企みについて最も通じているのだ。このまま放っても置けまい。』


嘆息気味に言うアラストールに、シャナは表情をパッと輝かせた。






     ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆







それを見た瞬間。

なにも考えられなくなった。


「――――は、は!」


今、この瞬間、マージョリーの脳裏を占めているのは狂乱と激情。そして溢れんばかりの殺意。

御崎市の中央に出現した銀の火柱。

それを見た瞬間、彼女の頭からはフリアグネのことも、彼の企みも、それまで追っていたラミーのことさえ消え失せていた。

彼女を中心に炎が膨れ上がり、その全身を、寸胴の獣のような群青色の炎の衣、『トーガ』が覆いつくす。


「ははっ!ははははははっ!!」


『おいっ!マージョリー!!今の状態でトーガは…』


マルコシアスの声も、今の彼女には届かない。

既に銀の炎は消え失せていたが、それすら彼女は意に介さない。

彼女の眼に映っているのは、記憶に刻まれた過去の光景だけ。

砕け崩れた邸の石塀。

焼け落ちた民家。

それらを覆い隠して立ち上る、濛々たる黒い煙。

何の煤か、誰の血かに塗れた自分の腕。

視界を埋める赤い炎。

それらの中心に在った狂気の姿。

それは――――


「見つけた――――とうとう――――見つけた!!!」


ドンッ!!


彼女は跳んだ。


己の、フレイムヘイズとしての“始まり”に向かって。






     ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆






「悠二、どうして倒れたんだろ……さっきの火柱?」


悠二を背に担いで歩きながら、シャナはひとりごちる。

自分よりずっと大柄な少年を背負いながらも、足取りには淀みが無い。

しかし、その表情は曇っていた。

彼女の独語に答えるように、アラストールが口を開いた(もちろん彼に物理的な意味での口は存在しないが)。


『かもしれん。……しかし銀の炎とは』


アラストールも迷っていた。

自分たちが何か途轍もない事象に絡め取られていくような、不気味な感覚。

だが、王である彼はその動揺を表に出すことは無い。


「知ってるの?」


『いや、逆だ。あのような炎は聞いたことが無い。だからこそ解せん』


「……どういう事?」


『あの凄まじい力を見たろう。それほど強力な力を有するのであれば、

 “徒”であれ“フレイムヘイズ”であれ、もっと知られているはずだ。』


言われて、シャナは黙り込んだ。

アラストールの言うことは、確かに的を射ている。

フレイムヘイズとしての本能が警鐘を鳴らしている。

“あれ”は危険だと。

だが、なにぶんにも情報が足りなさ過ぎた。







     ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆







――――――――――『同じですね』





教授か……





――――――――――『覚えていませんか?』





だから、何をだよ?





――――――――――『私が貴方の中に転移……いえ、同化したとき』





何も無かったんじゃないのか?気がついたら、あんたが僕に寄生してた…違うか?





――――――――――『酷い言い草ですねぇ……まあ、覚えていないのならいいですが。どうも、予感がするんですよ』





予感?





――――――――――『ええ。私も、こういう感覚を覚えることは滅多に無いんですが、知りたいですか?』





別に。僕にはどうでもいい。普通に日常を暮らしていければね。






――――――――――『面白くない人ですね。まあ、貴方の日常はエキサイティングの塊のようなものですから、そう思うんでしょうが』





失礼な奴だな……協力はしてくれよ。





――――――――――『フフ、まあ、報酬は既に頂いてますからね』





頂いたって……何を……






――――――――――『それは―――――――』









そして……



意識が―――――浮上する。





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