――――――それは悲哀か。


――――――それは憎悪か。


――――――女は謳い、夜空を舞う。


――――――群青の煉獄を世に現出せしめ、


――――――幾多の徒を灰燼へと帰し、


――――――彼女の胸中に秘めたるは怒りか、それとも悲しみか。




































灼眼のシャナ 存在なき探求者

第20話 過去の痕




































彼女は跳んだ。

標的がいる“筈”の場所に向かって。


「見つけた!!やっと、見つけた!!」


数百年もの歳月を費やして、 しかしその手がかり一つ掴めなかった怨讐の対象が……


「殺す!!殺してやる!!」


すぐそこにいる。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!」


なぜ今、銀の炎が現れたのか。

“銀”の出現に何者の意思が介在しているのか。

詮索どころか思考の欠片さえない。

身に纏うトーガは常以上に輝度を増し、零れ落ちた炎が、まるで流星のように煌く。

死の気配を撒き散らしながら、狂気を撒き散らしながら。






――――――今の彼女はまさに。






『解き放たれた餓狼だった』







     ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆







家の近くまで歩いてきたところで、シャナは違和感に気づいた。

悠二を地面に寝かせ、周囲に視線を巡らせる。


「誰か、いる」


スッと目を細め、身に纏う黒コート“夜笠”から大太刀を取り出し、構える。

同時に、周囲の空気が変わった。


「隠れてるのは分かってるわ。出てきなさい」


「やはりバレていましたか」


苦笑交じりの男の声が聞こえ、闇の中から黒服の男が2人進み出てきた。

シャナは無言で大太刀“贄殿遮那”の鯉口を切る。


「ああ、敵対する意思はありません。そちらの方はご存知でしょうが……“組織”の者です」


悠二にちらりと視線を送り、男は軽く目礼した。


「さっき襲ってきた連中の仲間ね……何の用?」


詰問するシャナに、男は眉を微かに顰めた。


「襲った、ですと?」


そう呟き、傍らに立つ男と2,3言葉を交わす。


「それは失礼。なにぶん急な派遣命令だったので各員にそちらの情報が行き渡っていなかったのでしょう。」


「それ、信じていいのかな?」


声が聞こえ、ハッと振り返ると、そこには悠二が立っていた。

顔色は悪いものの、その足取りはしっかりしている。


「!……悠二、気がついたの?」


「ああ、今しがたね」


軽くシャナに笑いかけ、そして黒服の男を見る。


「随分弱い連中だったけど、あれが今の主力?」


「ああ、それは……」


男は言いにくそうに一瞬口篭ってから、答えた。


「急な召集でしたので、派遣された中には練成途上の隊もかなり含まれていまして……」


「あー…」


それを聞いた悠二は盲点だったとばかりに目を押さえた。

考えてみればフリアグネの情報を送ったのはつい昨日のこと。

これでは各地に散らばっている“討ち手”に招集をかけるような時間など…


「納得……けどフリアグネ相手じゃ役不足もいいところじゃないか?屠殺場に送り込むようなもんだと思うけどね」


そう言うと、男は無言で肩を竦めて見せた。


「それで、用件は?」


「狩人討滅の協力を要請する予定でしたが……」


そこで男は一旦言葉を切った。


「…でしたが?」


「当の狩人の反応が……消滅しました。我が阻止部隊諸共に。」


「な……んだって?」


悠二は今度こそ絶句した。







     ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆







御崎市の郊外。

幹線道路の脇に数台のバンが停車していた。

その周囲を黒服の男達が慌しく行き来している。


「突入部隊との連絡はまだ繋がらんか!?」


「先程“銀”の炎柱が確認されてより、市内に展開するかなりの部隊との交信が途絶しています」


「本部戦隊とは?」


「…不通です。」


「クソ。一体あそこで何が………」


苛立たしげに街の方角を見る。

その時。


「隊長。指導部より指示が来ていますが―――」


「見せろ」


引っ手繰るように書類を掴み取り、読み取る。

瞬間、男の顔色が激変した。


「莫迦な……撤収命令だと!!」


「此処を引き払うのですか!?」


「莫迦を言え!!」


噛み付くようにどやしつけ、書類を車の中に放り込んだ。


「当面は待機だ。無線で連絡の取れる隊は全て市外に撤収させるぞ。

 しかし……くそっ!街一つが消えかねんと言うのに、指導部は何のつもりで……」


それは男にとって最悪の想定に近いものだった。







     ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆       ◆







爆音を響かせて、マージョリーは地に降り立った。

今宵、“徒”と“討ち手”の激戦が行われた地。

大鉄橋・御崎大橋に。

地に足が着くと同時に、彼女の身体から群青の炎が膨れ上がり、周辺を一瞬で焼き払う。


「クッ…奴は何処に!!」


目を血走らせ、辺りを見回す。

身を包む群青の炎はますます勢いを増している。


『マージョリーよ。分かってんだろ、ここには“人”も“徒”もいねえ。探すにしたってちぃっと落ち着いたらどうだ!』


「解ってるわよ!!」


噛み付くように切り返す彼女の様相からは普段の余裕は微塵も感じられない。


『トーガも無茶に使ったからな。今日はもう潮時だぜ』


直截な物言いを好むこの王らしからぬ、婉曲な皮肉である。

言われたマージョリーは黙り込み、暫くしてから口を開けた。


「………奴を殺すのは……私よ」


『ハッ!なに解りきった事言ってやがる!!獲物を他人に譲ったことなんてねえだろうがよ、我が殺戮の美姫マージョリー・ドー!!』


篭ったようなマージョリーの呟きに、例によってゲラゲラと大笑いを返すマルコシアス。

彼の憎まれ口に言葉を返すことも無く、無言で彼女は歩み去っていった。





『(…こりゃ重症だ)』




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