EME wind 第1話 「これがあたしの上司!?」

 あの日、和麻がEMEへ入隊してから、早1年。東京の神凪家で、ある問答が行われていた。

「宗主!あのような組織なのに協力など必要ありませぬ!」

「お気は確かか!?綾乃お嬢様を組織に預けるなど!」

宗主、神凪重悟が愛娘である、綾乃をEMEへ入れると宣言したことから始まった問答であった。

「EMEにはすでに、黄泉家の跡取り、巽家の跡取りが入隊したと聞く。私たちも、彼らに習い、若い年齢の育成を行わなければならん。綾乃とて、すでに13 になる。持つ力を操る術を覚えさせる必要があるのだ」

同じ術者の家系として、黄泉家、巽家は神凪に勝るとも劣らない家系だ。精霊魔術ではないが、東京の神凪、大阪の黄泉、京都の巽、といった具合のレベルの高 い術者を養っている。そのような家系が、跡取りを預けるEMEという組織。

次第に力が落ち、分家では神凪の象徴、金色の炎まで失いつつある。そんな神凪に対し、黄泉は一代一代、上昇していく宗主。巽はEMEを婿探しの場ともして いるらしく、これまた上昇傾向。ただひとつ、神凪だけが落ちていく。重悟はそれが嫌だった。

そのため、自分の娘、綾乃と。従兄弟であり最も信頼できる男、厳馬。その子供、和麻を送ろうと考えていた。しかし、自分が事故を起こし、片足を失ってし まった。そのため、家宝である炎雷覇を誰かに継承させなくてはならなかった。

そして、綾乃と和麻は戦わせられ、和麻は負けた。炎術の家系である、神凪。その宗家の子でありながら、炎術の才能がかけらもなかった和麻。対して、すさま じい才能を持っていた綾乃。綾乃が勝つのは当然だった。そして厳馬は、和麻を勘当した。

結果、綾乃一人を送るはめになったのである。

「宗主。ひとつ、質問が」

厳馬が口を開いた。騒いでいた他の分家の者は、波が引くように静かになった。

「なんだ、厳馬」

「それは、綾乃お嬢様、お一人で行かせるのですか」

そうなったのは、お前のせいだろう。そう思えど、口にも表情にも出さず答える。

「そうだ。その他の術者を送る必要はないだろう」

もしそうすれば、神凪の名に傷がつく。もし、他に行かせるのであれば厳馬が止めただろう。大衆の面前で、落ちた力を見せる。これほど屈辱的なことはない。

「なるほど。わかりました」

厳馬が目で言う。正解ですな、宗主、と。

「ならよい」

あたりまえだ。お前の考えそうなことなど手はうつわ、と目で返す。

「「フッフッフッフッフ」」

二人の低い笑い声が響いた。



月夜の晩、男の声が響く。

「風弾!」

風が木の幹を貫き、木が倒れる。それによって、大型の犬が逃げれなくなる。犬、というのは正しくない。狼のような姿で、とても大きな体をしていた。

「鍛冶屋の白狼。T指定のPCだ。よって殲滅する」

もう一人の男が銃を構える。

「グルルル・・」

白狼が低くうなる。鍛冶屋の白狼とは、鍛冶が母、鍛冶が婆などと呼ばれているPCの俗称で、有名な民間伝承に残っている白狼が、鍛冶屋の母に化けていたと いうことからついた呼び名である。

人の言葉を理解し、人間と同等の知性を持っていると言われる。人を騙して食うことを得意としており、発見しだい即時抹殺。殲滅指定(T指定)を受けている PCだ。

「和麻!逃がすなよ!」

今回のパートナーである、八神和麻へ声をかける。

「ああ!ヘマすんじゃんねえぞ、紅!」

乾紅太郎、人からは紅と呼ばれている。乾紅太郎。17歳。凛々しい眉に、熱気のある目、彫りの深い目鼻立ち。意志の固そうな口元。眉にかからない程度に切 られた頭髪も、その日に焼けた肌も、引き締まった身体も、健康そのものだ。175の身長は、耐久性と保温性の高いスーツに包まれている。昼は高校生、夜は EMEのエージェント、それが紅だ。

「いくぜ・・・!」

右腕の銃、EMEの正式拳銃であるベレッタM92Fから9oパラベラム弾が発射される。

白狼は銃弾を飛び上がって避ける。しかし、それは読んでいる。紅の左腕の銃、コルト1911A、通称コルトガバメントから45APC弾が打ち出される。ベ レッタよりも重たい銃声が響き、白狼の右前足を傷つけた。

「こっちもいきますか。風舞!」

和麻が言うと同時に、風の精霊が舞いはじめる。白狼を包むように、刃と化した風が吹き荒れる。後ろ足を皮でつながる程度までに切り裂く。

「グルウウ!」

前足で地面を蹴り、紅へ飛び掛った。紅が後ろへ飛んだ。かなりの距離が開く。人間の筋力では無理だ。紅がAAを発動したのである。

EMEのGAは全員、AA(エージェント・アビリティ)と呼ばれる特殊能力を保持している。紅のAAは、力場干渉能力と呼ばれ、実際に手で触れずして、物 体に力を作用させることを可能としていた。
力を作用させるのは無機物のみに限られていたが、唯一の例外が己の肉体であった。紅は己の肉体に力を作用させることによって、筋力を倍加することを可能と する。それを利用し、後ろへ大きく跳んだのだ。

「じゃあな」

コルトガバメントが白狼の頭部を捕らえ、そして火の花が咲いた。



「あーつかれた」

紅が運転するBMWの助手席で、和麻が伸びをする。

「なにいってやがる、ほとんどやったのは俺じゃないか」

紅が横目で和麻を捕らえ、つぶやく。

「はあ?あいつを追い詰めたのは俺だし、追い回したのも俺だぞ。どう考えても、俺のほうが労働が多かった。なにかおごれ」

そういう和麻を見ずに紅が言った。

「そういえば、今日新入隊員がいるんだってな」

「無視かよ。ああ、そうらしいな」

今思えば、和麻が入ってから、巽蒼乃丞が入り、桧絵馬茜が入ってきた。それから1年開かない無いうちに、また新入隊員。

「今度はお前のとこにつけられるな、和麻」

EMEでは、新米のGAは他のGAのバックアップに付かされる。本日から、メインとなった和麻に今日の新入隊員が当てられることだろう。

「マジか?はあ・・茜ちゃんみたいな子だったらいいな」

紅のサポートの茜を思い出しながら和麻はいった。いまどき珍しい、地味な子。謙虚で、やさしく、応援したくなる子だ。「八神さん」と呼ばれるのがうれし い。対して、「紅先輩」などと名前で呼ばれている紅に負けている気がしてならない。

「それは無理だな。今度の子は、いいとこのお嬢様らしいし」

「最悪。そういうのって、自分が偉いと思いこんでっから扱いずらいんだよな」

昔、そんなはとこがいた。そういえば、今どうしているだろうか。いまだに、ちやほやされているのだろう。まあ、自分には関係ないことだ。このときは、そう 思っていた。



駐車場に車を止め、本部へ入る。そして、紅と和麻が属するPC課へ向かう。

「乾、八神、任務を負え戻りました」

紅が部屋のドアを開け、中へ入る。

「おかえりなさい、紅先輩」

ドアの近くにいた少女、茜の顔に笑顔が浮かぶ。

「あ、八神さんも」

おつかれさまでした、と頭を下げられる。この差は、なにが作り出したのだろう。

「新入隊員の子、もう来てますよ。いま、長官代理に挨拶にいっているのでもうすぐこちらへ来るはずです。八神さんの下へ着くそうです」

茜の言葉に頷き、席へ座る。すかさず、茜がコーヒーを作りにキッチンへ向かった。

いい子だ。俺のところにも、来て欲しい。

「なあ、紅」

「なんだ」

「俺のとこに付くのと、茜ちゃん。交換しないか?」

「死にたいのか?」

交渉決裂。だめなようだ。ため息をついて椅子の背もたれに倒れこんだ。

そんなとき。コンコン、と扉がノックされた。そして、扉が開かれる。

「諸君、今日からここ、PC課に新しい隊員が入った。はい、挨拶」

半ばやりなげに、PC課課長、水狩が言う。そして、その後ろから黒髪の小さな少女がでてきた。年は・・中学に入ったくらいだろうか。

「神凪綾乃です。まだ右も左もわからない新米なので、よろしくお願いします」

ペコリと頭をさげる。その姿、和麻は寒気を感じた。そして、神凪。間違いない、自分を勘当に押しやった張本人だ。

「では、神凪君は八神の元で仕事をしてもらう。わからないところがあったら、八神に聞いてくれ。八神、こっちへ来て挨拶」

言われ、渋々立ち上がる。ゆっくりと歩みより、少女の前で。

「八神和麻です。初めまして、よろしく」

できる限りフレンドリーな表情で接した。しかし。

「八神・・和麻?あ、あんたは・・!」

少女の顔に驚愕が浮かぶ。そして、少女は叫んだ。

「落ちこぼれの和麻!冗談じゃないわ、こんなのの下に付けなんて!誰か他の人に変えてください!」

「ひどい言われようだな、おい」

水狩に叫ぶ綾乃に向けてつぶやく。

「神凪の宗家の癖に、炎は出せない、火傷はする。おじ様に勘当されて、名前を変えてここにもぐりこんでいたのね。まあ、神凪の名を名乗っていないだけまし かしら?」

こちらを振り返り、勝手に人のプロフィールを暴露していく。辺りが驚く。和麻が神凪の者だと、知っているのは極小数。まあ、当然かもしれない。

「おい、小娘。口の利き方がなっていないんじゃねえのか?ここじゃ、俺のほうが先輩だぜ。それとも・・神凪はそこまで落ちたのか?」

そういうと、綾乃がもつものが首筋にむけられた。緋色の刀身をもつ、両刃の剣。これは。

「炎雷覇、か。継承の儀で、お前が継いだんだっけな」

「ええ。あなたを倒してね」

炎雷覇から、炎が現れる。金色の、美しい炎。

「今でも・・あなたに負けるなんて考えられないわ。これがなくても」

炎雷覇が空気に溶けるように消える。

「課長、お願いがあります。私とこいつが勝負して、私が勝ったら・・私を他の人につけてください」

綾乃が和麻をにらみつけ、言う。

「ああ。いいぞ、怪我しないように。和麻、気をつけてやれよ」

簡単な水狩の返事。どうやら、すでにラジオの向こうの競馬へ意識は向いているらしい。

かくして、和麻と、綾乃の決闘は決まったのであった。


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