EMEwind 第3話「のんびりとした空気」
東京都、神凪邸。大きな叫びがこだまする。
「綾乃―!どこだ、どこに行ったー!お願いだから、帰ってきてくれー!」
宗主、重悟の声が響く。年がたってからの娘ゆえ、甘くなるのはわかるが。ここまで娘大好きというのも。
「宗主、落ち着きください」
厳馬が落ち着いて声で宗主に注意する。
「お前にこの気持ちがわかるか!綾乃―!」
誰にも手がつけられない。声をかけているのは、先ほどから厳馬だけだ。
「あいつも中学のころからは、家に帰らないこともありました。そこまで慌てることはありませぬ」
あいつ、とは和麻のことである。時々、家から抜け出して外を出歩いていた。昼間、修行付けの分、気晴らしがしたかったのだろう。睡眠より、そちらをとった
のもまた自分の責任。眠くとも甘くしなかったが。
「綾乃は女の子だぞ!もしかしたら・・EMEの不埒な奴らに変なことをされたり・・もしかしたら、帰り道に誘拐されたかもしれん!厳馬、今からEMEへ行
くぞ!」
片足が無いくせに走ろうとする宗主をなだめる分家のものたち。
「私は綾乃の声を聞かんと、夜眠れないのだー!あのかわいらしい声で、「おやすみ、お父様」といってくれるのを生きがいにしておるのに・・くそ!」
畳に拳を叩きつけて叫ぶ。これが、日本最強の術者一族、神凪家の宗主だと言っても、多くの人が納得できないだろう。厳馬は冷静に考えていた。そんなとき。
「宗主、お電話です」
女給が電話を持ってくる。
「いないと言え!綾乃が帰ってくるまで、わしは存在せん!」
なにも、存在ごと捨てなくってもいいのでは。集められた宗家、分家全員が思った。
「ですが・・綾乃お嬢様ですよ」
「貸せ!」
言うが否や、義足を上手に使い残像を残すスピードで電話を奪う。
(義足ながらあの速さ。ううむ、さすが宗主)
ピントがずれたところに感心する厳馬。才能の使い方が思いっきり違うことに、誰もつっこまなかった。
「綾乃か!?どこだ、どこにいる?」
『えっと・・なんていうんだろう。親戚の家、かな?』
「親戚!?分家か、分家だな!結城家か!?そうか、大神家だな!?雅人のところだな。まったく、連絡ぐらいすればいいものよ、雅人も」
『あの・・違うの。和麻のとこ』
和麻。どこの、誰の。重悟は頭を必死に回転させる。分家に、そんな名前はなかった。
クラスメートか?でも、親戚とは・・まさか!
「綾乃、結婚する気か!?」
『は?ば、馬鹿にしないでよ!誰があんなやつと・・』
やっぱりだ。結婚して、親戚になる気なのだ。
「厳馬!直ちに綾乃の学校の名簿を持って来い!和麻という名の奴の家を教えろ!」
いきなり話を振られ、自体が飲み込めず厳馬はしばし考えた。
「和麻、とは私のとこのでしょうか?」
忘れたことも無い、あの息子の名前。それが真っ先にきた。
「そうだ!お前のとこの・・・・和麻?」
電話の向こうから綾乃の声がする。
『だから、はとこの和麻よ!家出した!勘当された!』
ついに、記憶が結びついた。
「そうか、和麻の家・・和麻と会ったのか!?」
『遅!う、うん。あいつ、EMEにいて、あたしの上司になったの。これから、いろいろ教えてもらうつもり。で、今日は晩御飯食べて泊まっていくから。心配
しないでね』
そして、電話を切ろうされる。
「あ、綾乃!ちょっと待ちなさい!事態がよくわからな・・」
『こいつは明日、俺が責任を持って届けるから。じゃあな。・・ツー、ツー、ツー』
切られた。おそらく、最後の声は和麻だろう。雰囲気でわかる。
「明日、帰るそうだ」
そう全員に告げると、全員がホッとした顔になる。安全を確認、だけではない。夜の遅く、11時ごろから集められて綾乃を探しに行かされそうだったのだ。し
かし、そうではない顔がただひとつ。重悟だけが違っていた。
「宗主、どうされました?」
分家の一人が聞くと。
「おやすみと言ってくれなかった!綾乃が、あの綾乃が。私は、綾乃と親子の愛に満ちた会話をしたっかたのに。どうしてだぁ、綾乃。私が嫌いになったの
かー」
ガクリとうなだれて言った。
「・・全員、解散していい」
厳馬の言葉に従い、半分ほどが「やっとれんわ」という表情を浮かべて、部屋を出て行った。もう一度確認する。いま、畳に爪を立てて涙ぐんでいるのは、日本
最強の術者一族、神凪家の宗主だ。そう思い直し、厳馬も部屋を後にした。
こうして、神凪家の夜は更けていった。
「どうしたの?」
翠鈴に聞かれ、電話を切った和麻を首をかしげた。
「さあ?綾乃、なにかわかるか?」
炒飯をほおばっている綾乃に聞いてみる。
「わかんない。でも大丈夫だと思う」
それだけ言って、鳥のから揚げに手をのばす。どうやら、気持ちは完全に料理へ飛んだらしい。まあ、明日しっかりと届ければいいかと思って食卓についた。
「なあ、翠鈴。美味いんだが・・ほとんど中華というのもどうかと」
記憶にあるかぎり、中華以外のものを食べたことは日本に帰ってきて約1年中5回程度だと思う。年越しそばまで中華風にされていた。
「えー、和麻は嫌い?」
首を傾げられる。そう言う問題じゃなくて、と言おうとしたがジッと見つめられ、言葉がつまる。
「嫌い?」
首を下に向け、上目遣いで聞く。
「だ、大丈夫。中華は・・いや、翠鈴の料理なら大好きだぞ」
そして、チンジャオロースに箸を伸ばそうとしたが空を切った。
「あ、いらないかと思って食べちゃった」
綾乃がごめんね、と頭を下げる。満足そうな笑みを浮かべて。
「お前・・少しは遠慮というものを・・」
まったく気をつかわないはとこに頭を抱える。どんな教育をしてきたのだろうか。
「いいじゃない、和麻。おいしい、って言ってくれるなら。また作ってあげるわよ」
翠鈴が味方についた綾乃を、止める手立てはなかった。
「・・本気をださねえと」
箸のスピードをあげることしか、和麻にはできなかった。
食後の杏仁豆腐を平らげ、ちょっとした団欒の空気になっていた。
「さてと・・寝床をつくんないとな」
おそらく、いつも和麻が使っている、翠鈴と共通の寝室にあるベッドに綾乃は寝かすことになる。そうなると、自分は床で寝ることになってしまう。仕方なく、
昔の荷物の中から寝袋を取り出そうと奥の部屋へ行く。
「どこにしまったっけな・・えっと・・」
記憶を手繰り寄せて捜索していく。
「和麻―、いいー?」
「ああ、いいぞ」
なにかわからないが、翠鈴の言葉に頷き、捜索を続ける。20分後、自分が使っていたバッグの中から発見した。
「ふう・・結構汚れてるな」
時には、地面の上やトンネルの中で眠ったものだ。さすがに、部屋で使うわけにいかない。
風呂場から雑巾をとってこようと思い、風呂場へ向かう。そして、扉を開けると。
「へ?」
「ん?」
白い肌、黒い髪。湯気がでてるから、風呂に入っていたのだろう。タオルを前に持っているため、肝心な部分は見えないが中学生の発展途上の綾乃の肉体が確認
できた。
おまけに。
「綾乃ちゃん、タオルあった・・」
出てきた翠鈴とも鉢合わせ。こちらも、湯気のおかげであまり見えないが白い肌と、女性らしい豊かな体つきだ。見えそうで見えないのが少し・・と考え、思考
を中断させた。
「・・和麻?なにしてるの?」
翠鈴が問いかける。
「その、なんだ。これは事故でな、やろうとしたことでなくて。ただ、雑巾を取りに来たんだよ。大丈夫、あまり見えてないから」
必死の弁解。しかし、すでに翠鈴の手には洗面器が持たれていた。
「その洗面器は・・どうするんだ?」
「こうするの」
直後、円盤投げの要領で投げられた洗面器が和麻の顔面へ激突した。
「痛え!ちょっと待て!これは・・」
「性犯罪者に人権はなし!焼き払ってやる!」
炎雷覇を振り上げてタオルを巻いた綾乃がつっこんでくる。
「すこし待てって!うわ、あぶね!」
綾乃が振り回す炎雷覇を交わすので精一杯だ。
「話し合おう!冷静に!」
「問答無用!」
手を前に出してなだめようとする和麻を追撃する綾乃。
「せめて、それはしまえ!」
横に避け、やりすごそうとしたが。指先がタオルに引っかかってすべり落ちてしまう。
それはもう、湯気も無くなり全てが・・
「サイテー!!」
プラズマ弾が打ち出された。風で直撃は防いでも止めきれなかった衝撃に和麻は吹っ飛ば
され、壁に激突した。そして、顔をあげると。
「ドリームボール2号!!」
翠鈴の投げた洗面器により、和麻の意識は遠くに旅立った。
あとがき
はい、そんなこんなでFIREルート終了です。次回から、windルートになります。
和麻がどうなったのか、その答えもwindルートで明らかになります。
今回、思いっきりギャグキャラになってしまった重悟さん。なんとなく、娘バカと考えるとファミ通文庫の「Bad!Daddy」が印象強くて・・。いくつ
かセリフを出させてもらいました。興味のある人は、読んでみてください。つっこみどころが多いこの作品。
さりげなく、小説にもだそうかと思っています(番外編として)。作者の野村美月さんに感謝の念を思いながらこの辺で。ありがとうございました。