EMEwind 第4話「水の巫女、誘拐」


紅、紅、紅だ。全て、紅がやったのだ。折れた街路樹、壊れた道路。倒壊しそうなビル。

全て、紅がやったことだ。まるで竜巻が通ったように壊れた町。紅は、一人で歩いていた。

人の目が怖くて。自分が怖くて。どこかへ逃げようとしていた。

そんな紅の前に、黒い服を着た男が現れた。

「どうした、少年」

男が、静かに説いた。

「・・みんな、ぼくがやったんだ。もう、かえるところもなくなっちゃった・・」

紅は、泣きながらいった。ボロボロと、泣きながら。

「・・いや、君には新しく帰る場所ができたんだよ」

「・・え?」

顔を上げると、男が優しそうな顔を浮かべて言った。

「ようこそ、EMEへ」

大きな手を伸ばして。





「・・・ん・・」

紅は、自分に向いている視線に気がつき、目を覚ました。隣の席で、生徒会長がこちらを見ていた。万年筆が制服を着ているような子で、メガネの奥から紅へと 淡白な視線を送っていた。

「ねえ、紅くん」

「なんだい、生徒会長」

「一日、五時間授業のうち五時間寝ているのは、いくらなんでも神がかっていると思うわよ」

「俺もそう思う」

「・・悪びれないのね。生徒会長に生徒を退学にできる権利があったら、私はあなたを退学にすると思うわ」

「ひどいな、選挙のとき、君に1票を入れたというのに」

「あなた、そのときは学校を休んでいたわ」

「・・・・」

そのとき、授業終了の鐘がなった。助かった。

紅は学校へ眠りに来ている。仕事で、徹夜が多いからだ。学校自体を休むことが多いが、それでも卒業できるようになっていた。世の中、そういう仕組みなの だ。

そそくさ。

紅はさっさと帰りの支度を整え、帰ろうとした。

「おい、おい、紅、紅」

佐藤と鈴木と高橋と山田が、席を立った紅へ声をかけてきた。

「なんだ、佐藤、筋気、高橋、山田」

「聞け、紅。お前は、人面犬の噂は知っているか?」

「そんなものは、UL課の人間へ訊いてくれ」

「は?」

「いや、なんでもない。人面犬て、あの人面犬のことか?」

「そうなんだよ。最近になって、またあちこちで目撃情報が相次いでいるんだ。おまえ知ってたか?」

「いいや知らない。断じて知らない」

「ずいぶん力強い否定だな。まあいい。なあ紅。おれ達も捕まえに行こうぜ、人面犬」

「なに小学生みたいなこと言ってるんだ。そんなものいるわけないだろ」

「でも雑誌で賞金がかかってるんだぜ」

「らしいな。まったく、迷惑な話だ」

紅は教室を出た。

それにしてもなぜ今ごろ、あんな夢を見たのだろう。

ああ、そうか。昨日、和麻の下につく子を見たからだ。和麻が入ってから、一人前のGAとなり、下に人がつく身。そうなった和麻が、まだ6ヶ月前のことだと いうのに懐かしくなったのだろう。そういえば、あの後あの女の子を連れて、家に帰ったが、いったいどうなったのだろうか。

そんなことを考えながら、紅は学校を後にした。この後、大きな事件に巻き込まれ紅はしばらく学校に来ることができなくなるとも知らず、簡単に。



東京郊外。深い、森林の中で彼らは対峙していた。

「どいてくださるかしら?神凪の分家さん?」

「うるさい。真澄の本家だかなんだかしらないが帰ってもらおうか」

神凪家の分家のひとつ、結城家の末っ子、慎治は対峙している少女を睨み付けた。

白いワンピースに身を包み、黒い髪を腰まで伸ばしている。清楚で可憐、そんなイメージを身に纏い、少女は存在していた。

「あら、失礼ですわね。仮にもあなたよりか力に覚えはありますわ」

「・・試してみるか?」

炎の精霊が集まる。そして、慎治の右手に纏うように炎が出現した。

「神凪の炎は、黄金と聞きますけど・・とっくに枯れ果てたようですわね」

赤い慎治の炎を見て、ため息をつきながら言う。

「うるさい!水術だかなんだか知らんが、巽に負け、2番手に君臨する家の奴に言われたくないね」

「・・その言葉、後悔しますわよ」

少女の足元から、噴水のように水が湧き上がる。それは、彼女の右手にまきついた。

「もう一度、いいます。そこを通してください」

「断る」

今回、彼らは対立する任務を、それぞれ受けていた。慎治は、森林の奥にある祭壇を守ること。少女は、その祭壇を破壊すること。祭壇が確認されたのは、弥生 時代、渡来人が日本へ来る前から。この地に存在していた石たち。それを削り、祭壇のようにしたのである。

ある宗教にとって、その祭壇はとても大事なものだった。壊れれば、その宗教が自然壊滅してしまうぐらいに。

「交渉決裂、ですわね。では・・武力行使をさせていただきます」

「来い!火の精霊王の加護を受ける、神凪の力を見せてくれるわ!」

少女が右手を振るう。水流が伸び、慎治を狙う。

「はあ!」

炎が、水流へ向かう。熱が水分蒸発させる、水が炎を消火していく。

「・・その程度、ですか?」

突如、水流が勢いを増し、炎が消された。勢いをとどめることなく、水流が慎治を打つ。

「ぐ!この程度・・」

再び、炎が現れる。その様子を、少女はあきれた様子で見ていた。

「力の差がわかりませんの?仕方ありませんわね・・本気でいかせてもらいます」

少女が纏う、空気がかわった。冷たく、刺すような空気。

「はああ!」

慎治は炎を放った。そして、少女へ伸びていく。しかし、突然。

「凍りなさい」

炎が凍った。揺らめく炎が、かなりの熱量を持つ炎が。一瞬で。

「馬鹿な!俺の炎が!?」

「―真澄家水術・氷柱舞―」

少女が、静かにささやく。それだけで、精霊たちは反応してくれる。

氷柱が走るように慎治へ向かう。慎治は炎で解かそうとするが、追いつかず迫ってくる。

「わああ!!」

慎治が叫んだ。その瞬間、炎が横から放たれた。氷柱を食い止め、しかし木々は燃やしていない。

「あ、兄貴!?」

そこには、慎治の兄の、結城慎吾と大神家の跡継ぎである大神武哉。分家ではトップクラスの実力者で、コンビを組めば宗家に匹敵すると言う2人がいた。万が 一のため、話を聞いた厳馬がこの2人を向かわせていたのである。

「大丈夫か、慎治。こいつは、俺が焼き払ってやる。消し炭に変えてやるよ」

信吾が炎をだす。

「おいおい、とりあえず、あれはあの家にとっては大切なお姫さまだ。なにかやったらま

ずいだろ?」

冷静に武哉が言うが聞き耳持たず、血走った目が、少女を見ている。

「あらあら。伏兵、とは神凪も落ちたものですわね」

しかし、まったく動じずに少女は視線を受け止めた。

「そのへらず口、すぐに言えなくしてやるよ!」

信吾の炎が勢いを増す。

「えっと・・俺たちの分の金を少し渡すから、帰るってわけには・・」

「いきませんわね」

武哉の提案を、ばっさりと切捨て少女は言った。

「はあ・・最後、お名前は?」

「真澄、琴葉と申します」

琴葉は、静かに名乗った。

「そうか。では・・いくぞ!」

武哉の炎が琴葉へ飛ぶ。

「真澄水術・激水弾、跳弾舞!」

琴葉の前に現れた、8つの水球。四方八方へ放たれ、木々にあたり、反射して、また木々にあたる。どこから来るか予想できず、また、倒れてくる木々にも注意 しなければならない。折れた木が、琴葉を火から守るように倒れた。

「しゃらくせえ!全部、燃やしてやる!」

信吾の炎が撒き散らされ、木々が焼け落ちていく。しかし、煙に巻かれ琴葉の姿を見失ってしまった。

「どこにいる・・」

武哉は精神を集中し、気配を探った。そして、煙のむこうに揺らめく影。

「そこか!」

炎が煙を消し飛ばし、影へあたる。まちがいなく、琴葉だった。

「やったか・・なに!?」

突如、琴葉が崩れた。いや、水になった。水が、琴葉をかたどっていたのだ。

「真澄水術・水人形、ですわ」

背後から、琴葉の声がする。急いで振り返るが、間に合わなかった。

「強く交われ―真澄水術・上技。水竜波!!」

水が竜をかたどり、圧倒的質量で3人へと襲い掛かった。

大きな水しぶきがあがる。3人は天高く舞い上げられ、したたかに体を地面に打ちつけた。

「骨が折れてないといいですわね」

気絶している3人に背を向け、森林の奥へと入っていった。

これが、真澄琴葉が最後に確認されたときだった。






EME長官の部屋。

「誘拐、ですか?」

ああ、と長官代理が頷く。現長官は、人の目の前にあらわれず、前長官がいなくなったときから、ずっとこの代理が指示をしていた。かなりの実力者のため、誰 も文句を言わない。

紅も、彼が嫌いでなかった。冷静でいて、自分たちのことを考えてくれる。理想的な上司だ。

「誘拐されたのは、真澄家のひとり娘、真澄琴葉。年は16だ。真澄家から、直々に依頼が来た。おそらく、人間とは思えない力を持つものが関与している。そ のため、最もGAが多い、PC課へこの仕事を回す。最低でも、2組が1つ。できるのなら大勢で動くのが好ましい。以上、質問は?」

代理が、呼び集めた4人を見回した。紅、茜、和麻、綾乃の4人である。

「はい。その『人間とは思えない力を持つもの』って特定した理由が知りたい」

和麻が訊く。

「うむ。これを見てくれ」

そして、長官室にあるテレビの電源を入れる。土曜日の昼のため、吉本新喜劇が流れていた。ビデオに切り替え、再生する。

「彼女の狙いだった、祭壇のところへ仕掛けられていたカメラの映像だ。宗教側は、壊されるのを恐れてこういった防犯もしていたらしい」

映像が映し出された。黒髪の少女が、水を操って祭壇を壊していた。

石でできているようで、おそらく昔から置かれていたものを祭壇としていたのだろう。自然から作り出されたものを、神聖なものにするのは多いケースだ。

「ほう、水術か。なかなか上手いじゃないか」

和麻がほめる。紅には、精霊魔術はさっぱりなので、そうなのか、と考える。

「さて、ここからだ」

少女が祭壇を壊し、立ち去ろうとしたとき。突然彼女が辺りを気にしだした。

そして、背後を見る。そこには、石の祭壇が壊れ、棺のようなものが出ていた。その棺が、開いていく。彼女は、慌てて水を集め、棺へ上からたたきつけた。し かし、水が弾かれる。

ついに、棺が開いた。そこから、金の仮面をつけたなにかが這い出てくる。

「これは!?」

紅は驚いた。さっきまで、石で固められていた棺からなにかがでてくる。間違いない、人ではなく、PC。もしくは、それ以上のものである。

出てきたものが立ち上がった。そして、棺から大きな剣を取り出す。

剣を振りかぶり、振った。すると、剣からなにかが放たれ、少女の横に地面に大きな亀裂をつくった。

「・・なによ、これ・・」

綾乃がつぶやく。仮面をつけたものは、少女を追い詰めていく。少女が、氷柱や、水球。いろいろと放つがすべてが防がれるか、剣で切られる。少女は、背を向 けて走り出した。

しかし、剣が振られ、できた亀裂につまずき転んでしまう。それでも、逃げようと地面を這う。白いワンピースが汚れていくのが痛々しい。仮面をつけたものが 近づいていく。少女は起き上がり、両手を上に上げた。そして、水を集めて竜へとかたどらせた。

「・・これで、倒せなかったのか・・」

和麻がうんざりとした声でつぶやく。そして、言葉通りに竜を放つが剣でさえぎられてしまう。少女は、あとずさりをしていく。涙を流しながら、懇願している のだろうか。

体が震えている。

「まさか・・さらに!?」

茜が叫んだ。仮面をつけたものは、剣を少女の横へ突き刺した。恐怖で気絶したのか、少女はその場に崩れ落ちた。仮面が、少女の髪をつかんで、ひきあげる。 そして、体に持ち

帰ると空へ浮かんだ。そして、カメラの範囲外へ消えていった。

「・・あんなのが、相手か」

紅はつぶやいた。

「ああ。あれの正体は不明。しかし、力はかなりのものだ。少女、琴葉さんは一族の中でもトップクラスだったそうだ。事実、神凪の分家を3人同時に相手を し、倒している。神凪家は、それができるということは神凪の宗家、それも黄金をもつレベルの術者と同じ力だと判断したらしい。そんな彼女を、あそこまでな んなく追い詰めた。これが、『人間とは思えない力を持つもの』と判断した要因だ」

代理が言葉を止め、全員を見渡す。

「質問は?」

紅はすばやく手をあげた。

「武装は、どこまでしていいのですか?」

「・・範囲はない。もてる限り全力であたれ」

核ミサイルでも欲しいが、それぐらいの火力は保持できそうだ。

「ないなら、早速あたってくれ」

『はい!』

そして、4人は動き出した。とてつもない敵と戦うために。






新キャラクター設定

真澄琴葉・・日本指折りの水術師の一族、真澄家の宗家の人間。16という年で、ほとんどの真澄水術を会得したことで天才といわれる。実力は、契約者として の力を出さない和麻から、1段下がる位。

得意技は、氷柱舞、激水弾、水竜波。巽家とあわせても、日本でトップクラスに入る水術師だが今回はあっけなくやられてしまう。技は「烈火の炎」、「壊しや 我聞」を参考にしました


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