EMEwind第5話「集う力」
捜査が開始され、すでに5日が経とうとしていた。紅は、EMEの図書室へ足を伸ばしていた。もちろん、本を読みに行くわけではない。
「お、いるいる」
黙々と本を読んでいる茜の姿を発見する。横には、読むつもりなのか、読み終わったのかわからない本が積まれている。いまにも倒壊しそうだ。
「茜ちゃん」
声をかけると、本から顔を上げ、笑顔を浮かべた。
「紅先輩。どうしたんですか?」
「いや、様子を見に来てね」
そういうと、少しうなだれてしまった。
「すいません・・なにも、手がかりがなくて」
「そっか。こっちもだよ」
あの敵。仮面をつけたものの正体を知ろうと、いろいろと探し始めた。茜はEMEの文献で。紅は、危険を承知で現場へ足を運んだ。しかし、なにも手がかりは
なかった。いや、まだないのだ。今日、事態はささやかに動いた。
「でも、琴葉さんに依頼した、宗教反対派。あれの場所がわかってね。いまから和麻と行こうと思ったんだけど、和麻は忙しくてさ。茜ちゃん、気分転換にど
う?その反対派が持ってる、古文書とかいいかもしれないし」
話の内容、半分うそで、半分真実。和麻には、話していない。言ったら、喜んで来るだろうし。綾乃の訓練をし、おまけに神凪家に協力の依頼に行かされる予定
なのだ。他の仕事、妖怪退治でもなんでも、逃げれるのならやるだろう。しかし、それ以外は真実なのだ。
「いいですよ、私は。紅先輩となら」
よし。紅は心の中でガッツポーズをした。仕事ついでに、茜とドライブ。最近、いろいろと忙しく近くにいれなかったので紅がイライラしていたのだ。
「じゃあ、俺、車回しとくから。入り口に来てね。あ、本は係りの人に言えばこのままにしてくれるから。じゃあ」
いそいそと図書室を出て行った。言われたとおり、茜は係りの人に希望しにいった。
「はい、わかりました。よかったね、彼氏が誘ってくれて」
担当の女性が、薄笑いを浮かべて言う。
「ち、違いますよ。先輩です、先輩」
真っ赤になって否定する。そんな風に言われるのはうれしいが、恥ずかしい。
「そんなんじゃ、付き合ったとき大変よ。ああいう子、付き合うととたんに積極的になっちゃうから。仕事先でも、車の中でもお構いなしに押し倒しにきちゃう
わよ」
それを聞いて、赤い顔がますます赤くなる。
「こ、紅先輩はそんなことしません!そういうのは・・部屋とかで、2人きりで・・」
最後は、小さすぎてもごもごとなってしまう。
「はいはい。じゃあ、デートにいってらっしゃい」
「違います!」
言い切って、図書室をでる。
「・・紅先輩のニブチン」
さっき、何気なくアプローチしたのに。まったく動じないなんて。茜にとって、「紅先輩となら」なんていうのはかなり恥ずかしかった。それを懸命にいったの
に。なにがいけないんだろう、やはり、スタイルがいけないのだろうか。それを考えながら歩いていく。
ただ、ドライブにいくだけで舞い上がって話を聞かなくなったのだとは気づかなかった。
「で、なんでお前も来るんだ?」
隣にいる綾乃を見ながら、和麻は言う。
「あたしの家なんだから、あたしが居た方がいいでしょ?」
「家って・・ここ4日ぐらい帰ってないじゃねえか」
そう。綾乃はなにが気に入ったのか、たびたび和麻の家に泊まるようになった。
それを、翠鈴は優しく歓迎するからガンガン懐かれている。おかげで、和麻は布団を買うハメになった。
「いいじゃない。それに、親離れしないといけないし」
「そうだな・・娘離れしないとまずいな」
たびたび家に電話がかかってくるようになってしまった。もちろん、宗主からだ。
「あと、着替えを持ってこないと」
「まだ泊まる気なのか!?」
そんな会話をしながら、紙凪邸へと2人は歩いていった。
「EMEです、通していただけますか?」
紅は門番らしき者に声をかけた。
「はい、わかりました。車はここに止めて、上の館へおいでください」
そう指示される。だが、少し問題だ。上の館、というのはこの目の前にそびえる山の上にあるのだろうか。ということは、つまり。歩けと?
「だいたい、何分ぐらいかかります?」
館まで、と聞いてみる。
「そうですねえ・・速くて10分ですよ」
「遅くて?」
「迷うこともあるので・・でも1日あれば大丈夫ですよ」
微妙だ。紅はそう思った。速くて、という基準が気になる。
「普通の人だと、どれくらいですか?」
「ううん・・2、3時間ぐらいでしょうか」
やってられん。
「早く行く道とかありませんか?急いでいるもので」
さすがに長時間、山を登る気はない。自分は大丈夫でも、茜が心配だ。
「そうですか。では、山の裏からなら車であがる道があるので、そこから」
「ありがとうございます」
最初から言え、そう思いながら車を走らせた。15分ほどで、それらしき道を見つけた。
さっそく、車で上がってみる。
「あ、紅先輩。鹿ですよ、鹿!」
「本当だ。山の中にもいるんだな。俺は草原のイメージしかなかったよ」
「・・なにかと、勘違いしてませんか?」
鹿といえば草原、そうじゃないのかと思いながら車を走らせる。
「あ!うさぎです!」
「え?どこどこ?」
「ほら、あっちです」
茜の傍に顔を近づけ、目をこらす。なんとなく、白っぽいものが見える。
「そんな気はするけど・・よくわからないな」
「そっちからじゃだめですよ、もっとこっちから」
そう言って紅の顔を自分に近づける。
「あ、本当だ。いるいる」
光の加減で、うさぎだと認識できた。
「ですよね?かわいいですね」
「茜ちゃんは、飼うんだったらなんて名前つける?」
たぶん、シロとか、ミミだろうなと思いながら聞いてみる。
「そうですね・・ヒノエウマ・ピコピコ丸でしょうか」
「・・いいんじゃないかな、ピコピコ丸」
「ですよね!耳がピコピコ動くから、ピコピコ丸。女の子だった、ハネハネ子ってつけます。元気がいいみたいですし」
茜にうさぎが飼われる事がないようにと思いながら顔を元に戻す。
尊重してあげたいが、多少気の毒だ。
「紅先輩だったら、なんて付けます?」
「そうだな・・シロとかミミかな」
「それはまた、奇抜な発想ですね」
そうなのだろうか。自分は、ずれているのだろうか。後で調べる必要がある。
そんなことを考えながら山を登っていくと、大きなものが姿を現した。
「あそこ、みたいですね」
「ああ。あれが、館」
山にそびえる、大きな館を目に捉えた。
紅たちが、館を見つけたとき。和麻は不思議なものを見ていた。
「綾乃―!会いたかったぞ、私の妖精。私の可愛いエンジェル!」
「ちょ、ちょっとやめてよ父様。恥ずかしいってば」
娘にだきつき、スリスリとなでるその父。
「そんな風にいわず、パパと呼んでいいのだぞ」
「も、もう中学生なんだから言わないよ・・」
「またまた。パパは綾乃ともっとフレンドリーに接したいのだ、綾乃もそうであろう?」
「父様のと、あたしのは違うの!」
顔を赤らめ、叫ぶ。和麻の視線に気づき、顔をそむけた。
「今日は、ここにいるのだろう?外出はしないのだろう?とっておきのご飯を作ってやる。特別にケーキも焼いてやろう」
あの年の親父が焼いたケーキなぞ、食いたくねえな。和麻は声にださず、そう思った。
「父様!今日のあたしは、EMEのエージェントとして、事件の協力をお願いしに来たの!いいから、話をさせて!」
手を振って講義するが、久々に会った娘に対する、父パワーには通用しなかった。
「そんなものは後でいい。なにが食べたい?なんでも作ってやるぞ」
「そんなもので片付けないで!」
だめだ、話にならん。また日を改めようかと思い、後ろを向くと。
「・・・来たのか」
「・・・ただいま、なんて言わせてもらえるのか?」
父、厳馬の姿があった。和麻は、皮肉気に言い返した。
「ふん。ここはお前の家ではない、そんなことはいらん」
「なら、お邪魔します、か?」
昔と違い、挑戦的に言い返す。
「そうだな。EMEの話だろう、私が聞こう」
「ああ、頼む」
親子の親睦を邪魔しないよう、部屋を変えることにした。
「ここ、か」
「不満か?」
「いや」
連れて行かれたのは、昔、自分が使っていた部屋だった。
「開けるといい」
そう言われ、和麻は4年ぶりに自室の扉を開けた。そこは。
「変わってないな・・」
「ただ、面倒くさいだけだ」
本棚も、ベッドも、机も。なにも変わっていない。神凪和麻がいた部屋が、そのまま残されていた。
「私は、お前を勘当したことを間違っているとは思わない」
そういいながら、椅子に座った。和麻は、ベッドに腰をおろした。
「だが・・こうしていれば、お前が帰ってくる気がした。なんであれ、自分が育てた子だ。心配ではあったが・・大丈夫のようだな」
「ああ。おかげさまで。あと・・この部屋は片付けていいぞ。もう・・神凪の俺はいないから。八神和麻、それが俺だ」
決意をこめた言葉。実際、うれしくあった。神凪に戻ることではなく、もう一度、子供になれることに。しかし、今の自分は、一人ではない。彼女に出会い、あ
いつに出会った。
そして、仲間もいる。八神和麻の仲間が。
「ここに俺は、帰ってこない。俺が帰る場所は、EMEであり、翠鈴のところだ」
このとき、和麻は本当に神凪との鎖を切った。
「そうか・・強くなったな。甘えてきたら、殴ろうとも思っていたぞ」
「ふん、いまさら尻尾なんか振れるか」
お互いが、笑みを浮かべる。理解しあった間で、できる笑み。
「では、神凪一族殿。EMEとしてお願いします。このたびの事件、ご協力お願いします」
改めて、頭を下げる。息子ではなく、一人の男として。返ってきた言葉は。
「できん」
「・・・は?」
沈黙の後、和麻は聞きなおした。
そんなころ、紅と茜は。
「つまり、あの怪物には知らないと?」
「ええ。すいませんが・・私たち、船津一族には何も答えられません」
寡黙な少女、船津麻里は答えた。
このとき、紅は知らない。後に、この一族、いや。
水神、大水那津見神(おほみなつみのかみ)を祭る、船津一族と、そこに生まれた神と共に戦
うことを。
あとがき
はい、新たな作品が入ってきました。「トウヤのホムラ」、ファンタジア大賞準入選作を入
れました。予定では、今回だけの予定ですが。かなり省略、変化を加えて登場しますので、
本当の話を知りたい方は、作品をお読みください。神凪が、ある理由で戦いに参加できま
せんので、変わりにこの作品が入ります。そして、本当の敵とはなにか。
次回、「明かされていく物語」で話します。