EMEwind第6話「あかされていく物語」
館の一室。紅、茜と向かい合うのは、着物を着た同年代の少女だった。
名は、船津麻里。今回、真澄家に依頼をしたのも彼女らしい。
「私たちは、神域を乱されるのを拒んだのです。あの森林の近くには、私たちが封じているものがあります。そこを、神域と呼んでいるのですが。あの宗教は、
古代から山にあった石を使い、なにかを行っていました。それが、私たちの神域に封じているものに反応し始めたのです。危険だと思い、真澄家の琴葉さんにお
願いしました。彼女は、私たち一族の祭る、水神と関わりの深い家なので。それに・・彼女とは友人なんです」
水術を使う家と、水神を祭る家。関わるのも当然か、そう思いながら話を聞く。
「すいません、あなた方が封じるものに反応したんですよね。つまり、それになにか関係するのですか?」
紅が質問をしてみる。逆にさかのぼれば、真実にたどりつける気がした。
「彼は・・いえ、それはなにも言いませんでした。ただ、目に見えてわかったのです。力が強まることに」
彼、もしや・・封じているのは。人間、なのか?
「それと、私たちが話すことはできますか?」
「・・できません」
麻里は、頑なに拒んだ。
「お願いします、彼女を・・琴葉さんを助けたいんです」
「・・ひとつ、条件があります」
麻里が静かに言った。
「本当に・・琴葉を助けられるんですか?」
「努力はします。無理かもしれない・・でも、あなたがたが協力しなければ無理で終わります。協力してください」
紅は、麻里の目を見て言った。ここで、あきらめるわけにはいかないのだ。彼女を、助けるためには。
「では、あなたがたを信じましょう。私たちも、微力ながら加勢いたします。琴葉を助ける、それが条件です」
「・・ありがとうございます」
本当は、最初から協力する気だったのではないだろうか。こちらの力を図るために、餌をちらつかせ、言葉を出させた。
「食えないな・・」
紅は静かにつぶやき、部屋をでる麻里に続いた。
神凪邸、和麻は理性で必死に自分を抑えていた。
「つまり、協力できないと」
「ああ。真澄家から、あれを放ったのはこちらだ、といちゃもんをつけられてな。おそらく、協力しようものならEMEが責められるぞ」
父、厳馬が言う。それはそうだ、しかし。
「いいのか、逃げて。真澄家に馬鹿にされるぞ」
「仕方の無いことだ。だが、事態が悪くなれば頭を下げてくる、神凪じゃないとわかればほえなくなる。それだけだ」
ここまで、腐ってしまったのか。神凪は。
「綾乃は、EMEの一員として参加させる。しかし、他の術者はだせん」
「ふざけるな!こっちは人の命助けるためにやってるんだ、意地張らずに協力しやがれ!」
真澄家は、強力な術者が減りつつある。琴葉の上には、3人程度しかいないのだ。
おまけに、その3人は簡単に動ける人間じゃない。早い話、真澄には手がないからEMEへ頭を下げたのだ。綾乃がいることを承知で。
「あっちだってプライドがある。だから、綾乃を通して願ってきたんじゃないのか?それに、ここで手を貸せば人気があがるぞ」
和麻はいってみるが、厳馬はその気がないようだ。
「こうなったら・・力ずくでも協力させるぜ」
風の精霊が集まる。そして、軽く技を放とうとしたとき。
「和麻!」
綾乃が飛び込んできた。
「どうした、綾乃?」
聞くと、すこし焦りながらも話し始めた。
「父様が、協力しないって言うの。宗主の命令は絶対、おまけにあたしが頼んでも無理だから・・協力は望めないわ」
「ああ、こっちも聞いたところだ。武力行使でもしようと思ったが・・宗主がだめっていうなら無理だな」
精霊を散らし、背を向けた。もう、用はない。
「和麻!」
厳馬の声が響いた。
「待っていろ。いざというときは神凪の上層部を殴ってでも・・駆けつけてやる。お前が泣き言を言ったらな」
そんな声を聞いて。
「言うかよ、ここで老後を楽しみな」
そう笑顔で言った。しかし、振り返らない。振り返れば、目に少し浮かんだ水滴が見えてしまうから。
「和麻・・ごめん」
しゅんとする綾乃の頭に、手をのせる。
「気にするな、いろいろあるのさ。・・紅たちはどうなってるかな」
「うまくいってると良いわね」
2人は、神凪邸を後にしながら話した。
「ここが、神域です」
鳥居のをこえたところから、山頂へ伸びる階段。あの後、麻里ともう1人の少女を連れる車を追って紅と茜はたどりついた。
「ここか。茜ちゃん、大丈夫?」
「はい、がんばります」
返事を聞いて、よし、と頷く。紅は鳥居を潜り抜けた。
「摩利王」
麻里がつぶやくと、漆黒の体毛を持つ、狼のような獣があらわれた。
手足は白く、幻想的な姿をしている。
「守護獣です。では、いきましょう」
摩利王の背中に横座りをし、上り始める。ついていた少女も階段を上り始めた。
「本当にあいつに会わせるの、麻里ちゃん」
「ええ。莉柘。そのつもりです」
少女、名は船津莉柘といい、麻里の従姉妹にあたる。
「でも、あいつが素直に教えると思うの?」
「わかりません。しかし・・そんな気がします」
「麻里ちゃんにしては、珍しいわね」
「そうですね。彼なら・・できる気がするんです」
麻里は、目の前を歩く青年、紅を見てつぶやいた。
「ごめんください」
ついぞ聞き慣れないおとないの声に、船津東哉は首を傾げた。
佳乃さん・・じゃあ、ないよな?
昼食はさっき済ませたばかりだし、ついでに夕食も届けてもらった。ほかに叔母がここを訪ねてくる用事があるはずないし、かといって彼女以外に来る者などい
ない。やるもともなし。縁側で昼寝でも・・と思った矢先のことだ。とするとこれは、
「−幻聴?」
呟いてみる。にしてもリアルだった。不遇の末、とうとう自分にも脳内に友人ができたのか。しかも続きがあった。
「こんにちはー。あのー?いるー?」
声の調子からすると若い娘のようだが、やはり幻聴らしい。この声には覚えがあるが・・・・ここに来るはずがない。半信半疑で反応せずにいると、呼ばれる声
に苛立ちが混ざった。
「ちょっと、いないの?返事しなさいよー」
どんどんどん。荒くノックまでしてくる。チャイムがあるから使えばいいのに。一瞬居留守を使おうと思ったら、ノックが止んだ。ガラガラガラと戸を引く音
と、
「あ、開いてる」
続いて、ごそごそと履物を脱ぐ音。
「ねえ、留守なの?上がるよー?ていうか上がったからね」
足音が響いた。荒い音と、重たい音、軽い音が2つの、なぜか計4つ。
「おいおい・・」
止める間もない。二間続きの、襖の向こう。廊下を伝う音が近づいて、思ったとおりの顔が2つのぞく。従姉妹の、莉柘と、麻里だった。そして、黒いスーツを
着た男女。
東哉の姿を認めると、なにか言う前に莉柘の眉根がぐいっと上がった。
「ほら、やっぱりいた。あんたなんで返事しないのよ」
「・・・ああ、ええと。それは」
自分でもよく分からない。視線をそらして、無難な答えを探す。
「いや、来るとは思わなくてな。ところで・・そちらさんは?」
黒いスーツの2人を見て聞くと、麻里が答えた。
「彼らは、ある事件の調査をしています。東哉、山を降りる準備をしてください。彼らとともに事件の捜査をしていただきます」
そして、黒いスーツの2人の方へ振り返る。
「彼が、私たち船津が封じている「神」、東哉です。今回の事件。私、麻里と莉柘、そしてこの東哉が船津の代表として協力します」
麻里の声は、小さな東哉の屋敷に響いた。
船津東哉は神である。火神、阿須迦鳥多訶神(あすかとりたかのかみ)の化身だ。
だが、その力を恐れた船津一族は彼を封印した。なぜ、神として生まれたのか。
なぜ、人間としても生まれたのか。それは謎である。東哉は、天から降ってきたわけでなく、普通の人間の両親を親に持つ半分が人、半分が神なのだ。これが、
麻里に聞いた東哉の話だった。
「ほう・・つまり、ここ最近の異変について知りたいんだな?」
麻里に説明され、東哉は紅を見た。
「ああ。それが、事件解決の手がかりになるんだ」
「そうか。うまく言えないが・・ひきつけられることが、ここ最近多いんだ」
それを聞いて、莉柘が
「本当に言えてないわね」
とつっこむ。
「やかましい、そうだな・・共鳴しているんだ」
ここ、東哉の社では火が弱い。水神の力を使った結界だ。しかし、時々その結界がゆれるらしい。なにかに押されるように。
「たぶん、俺の力を引き込もうとしているんだ。それで、邪魔な結界が消えそうになる。でも、結界は強いから破れず、俺の力は手に入らない」
そう言って、手のひらに炎を生み出し、消した。
「前までは、こんな風に炎をつくることすらできなかった。でも、いまは違う。結界が俺の力を抑制できないんだ」
もれるのを防ぐので、手一杯ということだ。
「こんなもんだ、俺がわかるのは」
東哉は話を切った。
「そうか。じゃあ、今度はこっちだな。茜ちゃん」
「はい」
バックからビデオカメラを取り出す。中には、あの事件の様子が入っている。
「これを見てくれ。俺たちが追っているものだ」
そして、ビデオを再生した。しばらくし、金色の仮面をかぶったものが現れた。
全員が、黙ってみる。そして、映像が終わる。
「琴葉ちゃん・・」
莉柘がつぶやく。麻里と同じクラスらしく、琴葉とは面識が多いらしい。
「あれが、敵ですか」
麻里が無表情で言う。しかし、どうやら情報はないようだ。
「・・なあ、あの石が見てみたいんだが」
東哉が突然言った。
「石?あの、祭壇に使っていた石か?」
「ああ、なんとなく気になってな」
紅は、なにかの手がかりになるかと思って持っていた石をとりだした。
東哉に手渡す。東哉はそれを見回し、強く握ったり、手の中で転がしたりした。
「ああ、そうか。これは、火の力を抑制するんだ」
と言った。
「たぶん、誰かがあれを封印してたんだな。おそらく、俺と同じ火の神だ。俺の力を吸収しようとしたから間違いだろう。祭壇に使ってたのは、封印の石だった
んだよ。神ってのは、人の念が一番吸収率がいいんだ。だから、あそこで願ってたやつらの念で力を取り戻していったんだな。しかし、復活まではいかなかっ
た。が、あいつだ」
琴葉が封印を破壊してしまった。
「封印を壊した。おそらく、まだ力を集めるだろうな。そして、おそらく」
「・・・東哉、あなたも狙われている」
麻里が言う。栄養価の高いもの、同じ火神の東哉。これほどピッタリなものはないだろう。
「ああ。だから、早く封印を解け。でないと、簡単に食われちまう」
もっとも、中途半端じゃ事態は悪くなるがな、と加える。
「そうですね。もう、社からでれば力は戻ってくるはずです。最高で、6割が限界ですが。しばらくは、東哉を守りながら防戦しましょう」
「ああ。それがいいな。茜ちゃん、和麻に知らせよう」
「はい!」
すぐに携帯で連絡をとる。しかし、出ない。
「おかしいな・・」
そして、気づいた。いま、東哉はここ、結界の中にいる。まだ、食べることができない状況だ。ならば、どうするか。簡単に手に入るもの・・炎の力を持つもの
を狙うに決まっている。
「茜ちゃん!代理に電話、和麻たちがいないか調べて!」
紅は、もう一度和麻に電話をかける。やはり、でない。
「どうしたの?急に慌てて」
莉柘が聞く。
「知り合いに、炎術を使う子がいる。神凪の宗家の子だ!」
それだけ言うと、全員が理解した。
「まずいぞ、いまは獲物を探してる最中だ。そんなとこに、極上の餌があったら!」
東哉が叫ぶ。続いて、莉柘が
「助けないと!連絡、つかないの?」
紅が首を振る。茜が電話を終え、向き直る。
「先輩!2人とも、EMEをでて、神凪邸に行ったまま帰ってません。いま、神凪邸に確認しているそうです」
「くそ!」
紅は屋敷を飛び出した。続いて、全員が追ってくる。麻里は、摩利王に乗って駆け下りている。そして、鳥居を抜けた瞬間。
「ジャラララララ!」
鎖が引きずられるような音を出して、地中からなにかが飛び出した。ムカデのような体に、とんぼの羽が生えたもの。さらに、人面蛇身の妖怪が飛び出る。
「眷族!神に仕える手下だ。どうやら・・・俺が出るのを待ってたらしい」
東哉が言う。紅は、両脇から銃をとりだした。そして、AAを使い、安全装置を解除した。
「くそ!和麻、頼むぞ・・」
青い空の下、戦いが始まった。