EMEwind第11話「契約解除」
炎の精霊が舞う。少女、綾乃の願いに従い、力として世界に具現化される。
「お願い・・力を貸して」
炎雷覇の刃に、炎が帯び始める。
「必殺!火炎突き!」
帯びた炎が、螺旋を描き打ち出される。金髪の少年、ミハイルを狙って。
「聞かないよ。まだ、アークの力は生きてるんだ」
地面から円盤が作り出され、炎をさえぎる。
援護厳壁。精霊騎士、アースレイスによる自動の防御機能。これがある限り、ミハイルは傷つかない。
「今度はこっちだね。ティン」
『はい』
衣の一部が、透き通るような刃になる。
「食らいな、水の鎌の一撃を」
水の刃が振られる。まっすぐに、綾乃を切り裂くように。でも、綾乃はひるまず、前に飛び出す。斜め前、刃を回避できる地点へと。
「防がれる前に・・撃つ!」
プラズマ弾を放つ。しかし、円盤に遮られてしまう。
「甘いよ、これは完璧なんだから」
水の鎌が、綾乃へ飛び掛る。しかし、そんなことは気にしない。ガキン、と金属が当たる音がする。紅が、手に持っている草薙の剣で鎌をとめたのだ。
綾乃を攻撃の要にして、他は援護へと加わるような隊形をとっている。
「真澄水術・激水弾・乱れ撃ち!」
地面から噴出した水が、弾となってミハイルを襲う。琴葉の水術で、円盤を使わせるのだ。
円盤の数は、操作できるのは12枚が限度。それ以上には、簡単な命令しか出せない。
和麻を牽制している円盤が、単調な動きしかしないことから、そう判断した綾乃たちは円盤の使用を邪魔する戦いを始めたのだ。
「そんなもの、意味がないんだよ」
10枚の円盤で、水の弾を弾いていく。あと2枚。
「これもあげるわよ!火炎突き!」
再び、火炎が撃ちだされる。それを、2枚の円盤がとめた。これで、守りはくずした。
「三木矢!今だ!」
紅が叫ぶ。同時に、後ろでタイミングを計っていた三木矢が反応する。
「ああ。いくぜ!」
三木矢が、消えた。ボヒュっという、風が吸い込まれる音がする。
瞬間移動能力。それが、三木矢の所持するAAだ。触れた物体を、任意の場所に移動させる能力だが、移動させるのは無機物のみに限られている。唯一、例外な
のは本体を移動させる、母体移動だ。
しかし、母体移動ができるのは1日1回、できて2回。数は、その日の体調に影響するのだ。今日、三木矢は久々の休暇を1日だけとっていたため、体調は万全
だった。おそらく、あと1回はできるだろう。
「よお、ミハイルくん。はじめまして」
ミハイルの横に出現した三木矢は銃をミハイルの横顔に突きつけた。
円盤が離れていたため、空いた空間に転移ができたのだ。ふよふよ動き回られては、瞬間移動を終えたら、腹に円盤が刺さっている可能性もある。綾乃を要に
し、紅と琴葉で援護。
しかし、本当の狙いは三木矢の瞬間移動だった。
「いつのまに・・!EMEのエージェントは、それぞれ様々な能力を持つらしいが・・それなのかい?」
「さあな。さあ、ここで殺されるか、お前のバックについて話し、命を助けてもらうか。選ぶといい」
ミハイルは、ある組織に関わっていると考えられていた。レメゲトン。国際的犯罪組織で、27人の幹部から作られている。全ての国際犯罪に関与している組織
で、PC関連の犯罪も増えている。EMEとしては、絶対に倒さなければならない組織とされているのだ。
「そうだね・・もし僕がそんな危険な状態になったら、簡単に教えちゃうね。でも、そうじゃない以上は必要はないんだよ」
突然、水の衣がわなき、大きく広がった。衣から、水へと変わる。
水の衣を、津波のように操ったのだ。直撃を受けていたら、全身骨折してしまうだろう。
足元を波に持っていかれないように注意して、綾乃を前を見た。
収束する水を衣に戻しながら、ミハイルは立っていた。三木矢の姿はない。
「ち!まだ手があったのか」
剣を地面に刺し、耐えていた紅が言う。そのとき、紅の頭上に三木矢が現れた。
「ん?うわ!」
「紅・・許せ」
三木矢は綺麗に、上を向いた紅の顔面に着地し、地面に降りた。
「く・・お前、もうすこし考えろ!」
「うるせえ!突然だったから、視界に入った場所に移ったんだよ!仕方ないだろ!」
「だからって人の顔に降りてくるな、この馬鹿!」
「そっちこそ、中途半端な作戦をやらせるんじゃねえ!ばか!」
「あまりほえると、将来ハゲるぞ」
「ハゲねえよ!」
騒ぎ散らす2人を尻目に、ミハイルを見る。ヘラヘラと笑っているのが、和麻に似ていて癪にさわる。
「もう俺は瞬間移動できないから、今度はお前のばか力でどうにかしろ!」
「俺の力じゃ、接近しきれないだろ。それよりお前のハゲ力の方が」
「おい、いまなんていった」
「俺の力じゃ、接近しきれない」
「その前だ、前!ハゲとかいっただろ、お前!」
いいかげんにしてほしい。プルプルと綾乃は怒りに震え始めた。
3,2,1、ブツン。なにかが切れた音がした。
「いいかげんにしろ!ほら、敵は前!さっさと動け、バカ共!」
「あ、綾乃ちゃん。そんなこと言ってはだめですわよ」
「うるさい!あんたが最初に焼け死にたい?」
止める琴葉につっかかる。それに対応する、琴葉のセリフ。
「・・どうやってですか?」
ブツン。
「あーもう!むしゃくしゃする!」
「おいおい・・そんなにほえるなよ。いったいどうした?生理か?」
さらにあおる、和麻のセリフ。
「うるさいわね!あんたは黙ってピーピー風吹かせなさいよ!」
『風はそんな音はしません。もうすこし、頭を使ったらどうでしょうか』
反撃の声も、シルフィードに止められる。
「むっかー!どいつもこいつも・・って、あれ?」
先ほどの言葉を思い出す。そして、辺りを見回す。それは、隣にいた。
「か、和麻!?あんた、どうして・・」
「いや、最初からいたが」
「そうじゃなくて!いつから、円盤に囲まれてたあんたが、ここにいるのかよ!」
「そうだな・・三木矢が銃を突きつけたときぐらいからだな」
つまり、もう結構前からこいつはいたようだ。でも、風が何かをしていた気はしない。
「あんた・・出てからどうしてたの?」
「見学」
「働け、この怠け者!」
シルフィードが人間体でいることから、かなり休んでいたようだ。
「だってなあ。あれを抜けるの、結構大変だったんだぞ」
『回復するまで待ち、全快になったら速さを生かし、精霊騎士の契約を強制的に解除しようとしていたのですが・・あなたのおかげで気づかれました』
怠け者を弁護する、律儀な精霊騎士。
「はいはい、あたしが悪かったです。それで、契約の解除って?」
これ以上話を続ける気は、さらさらないので先に進める。
『精霊騎士が武器になっている際、あることによって分離させることができます。まず、持ち主と心が通わなくなったとき。次に、精霊騎士がなっている武器自
体に、かなりのダメージを与えたとき。そして・・精霊騎士自身に、契約をなかったことにさせたとき』
「へえ、けっこう淡白なのね、あんたたち。契約をなかったことにできるなんて」
綾乃の嫌味を受け、シルフィードは冷静に話を続ける。
『そうではありません。私たちは、契約した方に心からの信頼をし、この身を捧げているのです。そう簡単に見放すことはしません。私は、絶対にしませんし、
主はそれに答えてくださる方だと信じ、仕えています。しかし・・もしあの男のように、2つの精霊騎士を操るのなら・・私たちにも迷いが生じます』
かなりの和麻全幅信頼科の生き物となっているシルフィードの話に、綾乃は少なからず納得できた。純粋に、精霊の属性どうこうではない。ひとつの心として、
相手に答えてもらえないのは寂しい。ただでさえ、彼女ら、精霊騎士は素直すぎる心を持っているのだ。
その痛みは・・かなりのものだろう。
『ですから。見た限り、アークレイスは迷いなどないようですけど・・リヴァイティンの方は違うようです。ただでさえ、水の精霊は特に傷つきやすい傾向です
ので、揺らせば応えてくれるでしょう。精霊騎士自体の解除は無理でも、足並みがそろわなければなんとかなります。・・和麻さまが、私を信じてくだされば』
そして、和麻を見つめる。綾乃は気づいた。その潤んだ瞳は・・恋する乙女のもので。
ちょ、ちょっとちょっと待ってよ。なに?和麻に・・惚れちゃったの?こ、この男・・ついに人間だけじゃあきたらず、精霊にまで手を・・!
こ、この女たらしめ、大っ嫌いいい!でもぅ・・嫌いになれないのよね・・
などと複雑な思考をしている綾乃を尻目に、和麻は。
「ああ、大丈夫だフィー。俺はお前を裏切らない、お前の望みに応えてみせる。証拠を見せてもかまわない」
そして。シルフィードのか細い体をつかみ、引き寄せ。顔の距離を・・
「ちょっと待てー!」
縮める前に、綾乃の叫びが轟いた。
「どうした?突然に発狂して」
「しとらんわ!あんた、彼女いるのにあちこちで浮気するんじゃないわよ!」
「失礼だな、俺は浮気なんぞしとらん」
「今のはなによ、今のは!」
「・・スキンシップ?」
「聞くな!」
会話しながらでも、放さずに抱き続けられているシルフィード。そして、それを見つめる
1つの視線。
『私も・・あんなふうに愛されたかったな・・』
ミハイルの体をつつむ、水の衣。その形をとっている水の精霊騎士、リヴァイティンの視線だ。実は、精霊騎士の中でもトップクラスの恋愛オタクなのだ。持ち
主に異常なまでの愛情を持つため、扱いが難しいともいわれる。
しかし、それを使いこなし、かつ彼女に愛されたら・・天下無双の力を得れるとまで言われるほどだ。ミハイルには、ほぼ無理やり契約させられているし、彼は
アークレイスに愛着を持っている。すこし、寂しいときに・・ラブラブカップルを見たら、そんな女性はどうなるか。
「・・ティン?おい、どうしたんだい?」
『マスター。私は・・マスターのなんですか?』
「・・急になにを。とにかく、和麻が出てきてくれたんだ・・楽しませてやらなくちゃ」
『マスター・・!』
「うるさいな、おとなしく僕に使われていろ!」
『そうそう、ミハイルに従いなさいって。絶対に大丈夫だから』
アークまで追い討ちをかける。
「いくぞ、ティン」
―吾を軋ますな 知らしめすとだり 千千に物こそ 狂おしけれ 治す最手 吾にこけ入たり 玉の緒よ 絶えねば絶えんー
「負けるかよ」
―集わり 強り奔らせ 白白明けと 朧なりに いめ通わん―
ミハイルと、和麻の唄が詠われる。剣となったシルフィードと、衣になっているリヴァイティン。技の威力は、ミハイル達に分がある。しかし、和麻たちの方
が、速い。
「西風の弦!」
ミハイルが放つ直前に、竜巻が放たれる。すでに、技を出すタイミングは遅れてしまっているミハイル。水の衣と、盾で風を受け止める。
「ぐ・・」
弾かれ、地面を転がる。決して少なくないダメージを受けた。
『マスター!すいません・・』
『ミハイル!ティン、あんたなにやってんのよ!』
本来なら、早く詠い始めたミハイルと、短い唄だった和麻なら、同じタイミングで技をだせたはずだ。しかし、できなかった。
「ティン・・いいかげんにしてくれ。君は僕に従う契約をしている。それを裏切るつもりか?」
『そ、そういうわけでは・・』
「これ以上、邪魔をするなら・・消えてくれ」
『・・!ます・・たー』
強引に、水の衣を解除する。人間体となったリヴァイティンは、泣き出しそうに顔を引きつっている。
「足を引っ張るような存在・・僕には必要ない」
ミハイルの意思に従い、アークによって土の円盤が浮かび上がる。
「消えろ」
円盤が、リヴァイティンをめがけて振られる。
『ます・・たー・・』
呆然とたたずむリヴァイティン。容赦なく突き進む円盤。
その間に、2つの人影が現れた。
「はああ!」
「ふ!」
草薙の剣、風の剣のよって粉砕される円盤。
「八神・・和麻!」
和麻、そして紅が。静かに立っていた。