The magician of the Galaxy  1年B組、ヴァニラ先生!


「ここは・・この数式のX+Yを、Aとおいて、因数分解をします」

ヴァニラはコツコツと、チョークで黒板に文字を刻む。

「よって・・〔A+C〕の二乗となります。この段階で計算し、その後Aを元に戻して・・

終わりです。みなさん、質問はありますか?」

緑色の髪を束ねる、青いリボンをなびかせて、クラスを見渡す。

いつものヘッドギアではない、先生としての姿。

「先生・・あの・・」

後ろの席の宮本が手を上げる。

「なんでしょうか?」

「その・・黒板の文字が低すぎて読めません」

びっしりと刻まれた黒板。しかし、それがあるのは黒板の下半分。背が低いため、そこまでしか書けないのだ。

「・・すいません。小さい先生では、やはりだめでしょうか・・」

『そんなことはありません』

クラス一同、全員が答える。同時に、宮本に注がれる殺意の視線。

「お、俺は立てば読めますので、気にしないでください」

殺意に負け、引き下がりはじめる。

「でも・・授業中に立つのは、宮本くんに悪いですし・・」

「いえ!俺、立つの大好きですから!部屋でも、ずっと立ってますし!」

「そうですか・・」

「はい!だから、気にしないでください!」

そのとき、ちょうどチャイムが鳴った。

「では・・終わります。日直さん、号令を・・」

「はい!起立!礼!」

『ありがとうございました!』

ヴァニラがとぼとぼと、教室を後にする。直後、宮本はハイエナたちの獲物になっていた。

「・・和樹くん、ちょっと・・」

再び教室に戻り、和樹を呼ぶ。しかし、返事は無い。欠席?いや、そうではない。

「ぐーぐー・・むにゃ・・」

「和樹さん!起きてください」

ちとせに肩を叩かれ、眠りから覚めた。

「あれ・・授業、終わったの?」

「はい。いま、ヴァニラ先生が呼んでますから、早く行かれたほうがいいと・・」

「うわ、まずいかも・・とりあえず行ってみるよ」

そう告げ、教室を後にする。そこには、ヴァニラが壁にもたれて立っていた。

「先生、来ましたけど・・」

しかし、反応は無い。顔を覗き込んでみると、

「寝てる・・立ったまま?」

スヤスヤと眠る顔を見ると、起こすのは悪い気がする。辺りを見回す限り、人はいない。

もう、次の授業の準備をしているのだろう。

「仕方ないな・・」

ヴァニラを抱きかかえ、保健室へと向かった。

かなり力が必要だと思ったが、意外にも軽々しく持ち上げることができた。


階段が近づく。振動を与えないように、注意して階段を下りる。

「ん・・和樹・・くん?」

気づいたのか、声をあげる。

「先生、揺れますけど気をつけてください」

「・・はい・・」

そう答えると、再び眠りへついた。大人しく身をゆだねている。この、小さい体にどれだけの疲労をためこんだのだろう。

そう思うと、和樹は胸を痛めた。すでに、自分はかなりの迷惑をかけている。

自分がもう少しましなら、彼女の負担は減るのだろうか。

「・・和樹くん・・」

そんなことを考えていると、再び声をかけられた。

「どうしました?」

「私・・今夢を見てるみたいです・・」

「・・先生?」

ぼうっとした表情で、ヴァニラを言葉を続ける。

「まるで・・浮いてるみたいです・・」

「・・・そうですか」

「和樹くんが・・こんなに近くにいる・・」

自分にもぐりこむように抱きついてくる。

「和樹くんは・・似ています」

「・・・誰にですか」

「・・シスター・バレルみたいな、暖かい空気を・・持っています。こんな風に・・元気な心臓の音が・・聞こえていました・・」

そのまま、しばらくして。突然。

「・・和樹くん?もしかして・・夢ではないんですか?」

驚愕に染まった顔で、和樹をみつめた。和樹は、無言で頷いた。

「降ろしてください・・仕事がありますので・・」

「・・だめです。聞けません」

「・・先生からの言葉でも、ですか?」

「はい。先生、休んでください。もう、限界なんでしょう?」

「だめ・・だめです。私は・・」

そんなヴァニラの口に、白いハンカチがかけられた。しばらくして、再び寝入ってしまう。

「・・ミントさん」

顔を上げると、ハンカチをかぶせた犯人、ミントが笑顔で立っていた。

「和樹さん、ナイスな判断ですわ。さあ、早くヴァニラさんを保健室へ運んでしまいましょう。起きられては・・また大変ですからね」


保健室へつき、ヴァニラをベッドへ横たわらせた。紅尉先生は用事があるといい、すでに立ち去ってしまった。

「ミントさん・・なんでこんな時間にいるんですか?」

もう、授業は始まっているはずだ。

「ふふ・・女の子の秘密ですわ」

人差し指を口元へ寄せ、そう言うのだった。

「まあ、助かりましたけど・・」

「なら気にしないことですわね。ヴァニラさん・・お疲れみたいですわね」

「・・はい。さっきなんか、立ったまま寝てましたよ」

「立ったまま・・やっぱり、無理をしていたんですか」

ミントの手が、ヴァニラの髪を掻き揚げた。

「あれほど・・みなさんも無理をするなといったのに・・仕方ない方ですわね」

心配そうにヴァニラを見つめるミントの表情。

「和樹さん、ヴァニラさんが無理をしないよう、あなたも気をつけてくださいまし。

昔から、がんばりすぎる節がありますから」

「はい・・ミントさん、僕にできることってありませんか?」

「そうですわね・・このまま、寝かせて差し上げることぐらいしか、私たちができることはありませんわ。

あ、そういえば・・和樹さんのご両親は、寮の管理人さんでしたわね?」

思い出したように、ミントが言う。確かに、管理人ではある。でも、勝手に部屋を改造したり、合鍵をばら撒く両親だ。

「すこし、私に考えがありますの。手伝っていただけますわね?」

「え・・ええ」

ミント・ブラマンシュ。あの微笑に、今はなにを秘めているのか。

和樹は恐怖を感じずにいられなかった。

「なにか、おっしゃいまして?」

「いえ、なにも」


それから4日。

「・・寮で、ネズミの駆除・・ですか?」

「はい。家の両親が、ヴァニラ先生に手伝っていただきたいそうで・・・」

授業終了後、和樹はヴァニラを呼びとめ、話を始めた。

普段なら、親衛隊の男子に襲われるが今日は安全だ。

「・・・手伝いたいのですが・・すこし、やらなければいけないことが」

「僕でよければ手伝いますから。よろしくお願いしますよ」

戸惑うヴァニラに押し切るような形で話を進める。

「資料の作成ですが・・手伝ってもらっていいのですか?」

「もちろんですって。それに、このあと先生には手伝ってもらうんだからおあいこです」

強引に職員室へ行く。

「うっわ・・これ、全部ですか?」

机を覆うように積まれた、プリントの山。これをまとめて、冊子にするのだ。

「はい・・少しずつ、やっていく予定だったのですが・・いつの間にか溜まってしまって」

「そ、そうですか・・がんばりましょう」

「はい」

まず、重ねるプリントを集め、束にしていく。それが全部終わってから、ホッチキスでとめることにした。

「そういえば・・先生は、どうして先生になろうと思ったんですか?」

トントン、と用紙を整えながら聞く。

「・・なぜ、そんなことを聞くのですか?」

「いえ、なんとなくです。先生って大変なのに、飛び級までした先生が、普通に教師、というのが不思議に思ったんです」

用紙を束にしながらヴァニラは言葉を捜した。

「・・・私は、あまり人と交流するのが得意ではありません・・。なのに、先生になろうとしたのは・・理由があるんです。

私は、ある惑星の孤児でした。それを、育ての親であるシスター・バレルが拾ってくださったんです」

和樹は、少なからず驚いた。この少女が、元孤児だったことに。そして、こんな切なそうな顔で話すことに。

「私は、そこでいろんなことを学びました。そして、私が9歳のときです・・シスター・バレルは亡くなってしまいました」

「・・事故、ですか?」

「いえ・・寿命です。私が、どれだけ医学を学んでも、どれだけ治療について学んでも・・限界を変えることはできないんです」

そうつぶやきながら、右手を上げる。そこに集まり始める輝き。

「・・ナノマシン」

とても細かな科学医療技術、ナノマシン。その操作は、ごく数名の人にしか操ることはできないとまで言われる、特別な技術。

「これを覚えても・・私にはできないことがたくさんあります。だから・・私は自分の

できることを探しました。そのひとつが、教師として皆さんの役に立つことです・・」

ホッチキスを取り出し、プリントを止め始める。

「私みたいな子供に、なにが教えれるわけでもありません・・でも、もう私にできることはこれぐらいなんです・・」

その小さな背中。そこには、とても重たいものを背負っているかのように沈んでいた。

「先生・・先生は、間違ってません。でも・・ひとつだけ、勘違いしています」

「・・・なにをですか?」

「先生は、自分はなにも出来ないって言ってますが、そんな完璧な人間なんていませんよ。

それに、失礼ですけど先生は若いんだから。きっと・・もっとできることが増えますよ」

まだ、13歳の小さな先生。年齢が上がるたびに、知識は増え、できることは増える。

「なにもできない僕じゃないんですから・・自分を信じてあげたらどうですか?」

「・・・自分を・・信じる・・」

「自分の体を、別の人のように、いたわって、ほめて、認めてあげる。それが、大事なことだと思います。

それに・・1人じゃないんですから。ミントさんや、フォルテさん、ミルフィーユさんに、ランファさん。

仲間もいるし、僕やちとせみたいに、生徒だっています。もっと・・頼ってください」

「・・・・」

ヴァニラは、無言で和樹を見つめた。遠い記憶が蘇る。



ヴァニラが、まだシスター・バレルに引き取られていたときのこと。

「バレル・・シスター・バレル。お身体にさわります」

すでに、弱ってきているのに外へ出たバレルを追って、ヴァニラはそこにいた。

「ヴァニラ、見てごらんなさい。夕べの雨で、シロツメクサの花が一斉に咲きました」

バレルが指差す方向には、道を覆い隠すように咲いたシロツメクサ。

「まるで・・白い絨毯のようです」

素直なヴァニラを慈しむように見つめ、頭をなでる。

「ヴァニラ、あなたはこれから、この白い道を一人で歩かなくてはなりません」

「いいえ・・私は、バレル、あなたとともに・・」

バレルはゆっくりと首を振り、足元のシロツメクサを採った。

「シロツメクサの花言葉は・・約束、勤勉、感化・・・そして、幸運。

私が望むものは・・あなたが幸運であること」

シロツメクサの花を、そっとヴァニラにかける。

「ヴァニラ・・どうか忘れないで」



「・・・一人じゃ・・ない」

どうして、いままで気づけなかったのだろう。バレルの言葉に、知らないうちに束縛されていたのだろうか。

「和樹くん・・あなたは・・私の傍にいてくれますか?」

「・・はい。みんな、先生の傍にいますよ」

自分に、大切なことを教えてくれた生徒は、やさしい笑顔を浮かべた。

「・・・フフ・・和樹くん、早く終わらせましょうか」

「先生・・」

いま、かすかな笑みを浮かべてくれたように見えた。


「終わったー!」

「全部で・・326冊。・・はい、終わりです」

腰を伸ばすと、パキパキと音がなる。時計を見ると、すでに7時5分前だった。

おそらく、ミントの方は仕事を終えただろう。

「先生・・じゃ、今度は僕を手伝ってください」

「・・はい」

宿直の先生に別れを告げ、夜道を歩き出す。白き月が、静かに夜道を照らしている。

並んで歩く2人の影が伸び、影同士の手がつながっていた。

学園に近い寮には、すぐについた。

「さあ、先生。もしかしたら、玄関を開けたらネズミが飛び出してくるかもしれません。心の準備をしてください」

「・・はい、わかりました」

ヴァニラが、玄関のノブに手をかけまわし、扉を開けた。瞬間。

パーン! 大きな音が響く。目に映るのは、装飾された寮の玄関ホール。

「・・和樹くん・・これは」

「先生、あの文字をみてください」

玄関ホールにつるされた、白い布。そこには、『いつもありがとう、先生』と書かれている。

「ヴァニラ、いつもお疲れさま!今日は、存分に楽しみなさい!」

「あたし、ヴァニラの好きなシフォンケーキ焼いたんだよ!他にもいろいろ作ったから、いっぱい食べてね!」

クラッカーを鳴らしたランファと、エプロン姿のミルフィーユが言う。

まだ理解できないのか、ヴァニラは目をパチパチさせている。

「先生、もうすぐ夏休みです。3ヶ月間、ありがとうございました」

和樹がちとせから受け取ったシロツメクサの冠を、ヴァニラの頭に乗せた。

玄関ホールに、いつのまにかつけてある大きな扉を開く。

そこには、1年B組の生徒がパーティの開催を、いまかいまかと待っていた。

「みなさん・・私のために?」

「そうだよ。あんたが最近疲れてるから、生徒たちが楽しめる場を作ってくれたのさ」

ミントに頼まれ、快く飾り付けを手伝ってくれたフォルテが言う。

「フォルテさん・・」

和樹が辺りを見回すと、特設ステージの横にいるミントと目があった。

ミントは、充分ですわ、というように笑みを浮かべた。

「さあ、和樹くん!出番だよ!」

「乾杯の音頭を任されるなんて・・さすが和樹さんです」

千早にけしかけられ、ちとせに尊敬のまなざしを受けながらステージにあがる。

「コホン・・ヴァニラ先生、3ヶ月間ありがとうございます。僕たち、1年B組というある意味、

すさまじいクラスの担任は、先生でなくては勤まりませんでした。お礼と、これからを祝って・・・乾杯!」

『ワアアア!』

恥ずかしそうに生徒に囲まれるヴァニラをステージから見る。

「和樹さん、なかなか良い音頭でしたわ」

ステージに上がり、ミントが和樹に話しかける。

「ミントさん。いえ、これもミントさんが考えたパーティの雰囲気がなせるものですよ」

「ふふ・・まあ、その見え透いたお世辞もありがたく頂戴しましょう」

カチン、とグラスを合わせて2人は飲み物を口に含んだ。

それを3つの視線がジッと見つめていたことは、今回は触れないでおこう。


その後、パーティ(ほぼ宴会)は、夜12時を回ってもとどまることを知らず、朝の2時から

脱落者が出始めたため、自然終了となっていった。会場では、そのまま床で眠る脱落者が

数多くいた。そんな彼らに、ヴァニラは毛布をかけて回っていた。

最後の1枚になり、誰もいないので自分が使うことにして眠ろうとした。

そして腰をかがめたとき、ステージの裏で眠る和樹とちとせが目に入った。

ヴァニラは少し困った。素直に毛布をあげてもかまわないが、どちらにかけるべきだろう。

毛布は大きめ、広げれば2人で使えるだろう。そう思い、広げてかけてみた。

そうすると、意外にもかなり大きく、すこしあまっていた。

「・・・今日、驚かせた罰です」

笑みを浮かべ、ちとせと和樹の間に入った。

「シスター・バレル・・私は、1人ではありません」

川の字の形で、3人は眠りについた。


「う・・ん・・・!?」

和樹は、まどろみの中から目を覚ました。そして、飛び込むのは女性2人の寝顔。

(ちとせに・・ヴァニラ先生!?なんで、3人で1枚の毛布を使ってるの?)

川の字のように、ちとせと和樹に挟まれているヴァニラ。見る人が見る人なら、家族のようだろう。

パシャリ。パシャ、パシャ。かすかに聞こえる、カメラのシャッター音。

音の方へ首を向けると・・

「和樹も大きくなったなぁ・・」

シャッターを切りまくる父が目に映った。

「・・なにやってんの?」

父に視線を合わせ、苛立ちを抑えて聞く。

「おお、起きたか。和樹の家族の図を、写真に収めているのだよ。もう、フィルム5本目だ。

母さんにもみせれるし、気にせずに眠り続けろ」

「・・怒るよ?」

「ふ・・息子が怖くて盗撮ができる・・ぐぁ!」

手元にあったガラスのコップを投げつけ、気絶させた。

「まったく・・」

「・・・和樹・・くん?」

背後で声が聞こえた。

「あ、先生・・起きちゃいました?」

「はい・・暖かいです」

「・・そうですか。でも、僕はガンガン冷や汗をかいているので出てもかまいませんか?」

そう聞くと、ヴァニラは表情を曇らせた。

「だめですか?」

「いえ・・別に」

そっぽを向いてしまう。仕方なく、和樹はそのままの体勢で天井を見上げた。

「とりあえず・・みんなが起きる前に気が済んで欲しいんだけどな・・」

再び寝入った、小さな担任を見て、微笑みながら言った。



あとがき

はい、もう、ちとせも千早もあまり出ない、ヴァニラメインなストーリーです。

「あたしたち放って、こういうのやめてほしいんですけど」

「せめて・・もう少しセリフがほしいです」

まあまあ、千早もちとせも落ち着いて。次は、ちとせメイン的な話だから。

「ふうん・・って、あたしはどこに!?」

だから、落ち着きたまえ千早くん。そのあと・・書くかもしれない。

「かもってのはなしよ!ただでさえ、本格的にストーリーが始まったら出番ないんだから」

まあまあ、修正版だし、増える可能性も残ってるし。

「ちとせさんは、和樹くんと同じ毛布で寝て、あげく今度はメイン!?黒髪好きにもほどがあるわよ!」

そこ!読者が勘違いするような発言しない!

「ツインテールが出ないから、黒髪に走るのね!?この浮気もの!」

いや、ツインテールって・・どこから

「ツインテール・・そうすれば、出番は増えるのでしょうか」

「ちとせさんは増えなくて結構!」

まあ、ブロンドも好きだから。大体、ちとせメインっていっても、ちとせが幸せになるとは限らないわけで・・

「そっか・・そうよね。それに、ちとせさんは後半・・」

ワー!

「・・になって・・」

ワーワー!

「・・・だもんね。あれ、そんなに叫んでどうしたの?」

はあ・・はあ・・くそう・・ネタバレすぎるじゃねえか・・

「じゃ、あたしの出番を増加ね。あーよかったよかった」

「私はなにも得してないんですけど・・」

「気にしない、気にしない。で、次回は『和樹と千早の初・・』」

『金髪の転校生 不吉の兆候』を、お楽しみに!・・キャラなんかもうよばない



3つめの話となりました。ご感想、お待ちしております。



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